第100話 屍術師
異変は、4日目の夜に起きた。
町が、異様に静まり返っていた。
そして聞こえてくる、絶叫。
──始まった。
「起きてるな、ジャン」
「ああ」
「ドロップを連れて、逃げろ。港町までいけ。金チラつかせてでも脅かしてでも無理やり船を出させろ」
「城は?」
「ギルドには誰もいなかった。おそらく、城も……」
「……そうか。おめぇはどうするんだ」
「おれは何があっても死ぬことはねぇだろ、たぶん。いいから行け。ドロップを守れ。守り抜け」
ジャンは頷き、ドロップを背負って走り出した。
──来る。
部屋の壁が破壊され、それは現れた。
人間の男。いや──【屍人】だ。
生きた人間かのように町に紛れ、自分たちを監視していた死者たちが、身体が壊れるのも構わずに突っ込んでくる。
セブンは宿屋の部屋の窓を割り、外に飛び出す。できるだけこちらに引きつけなければ。
セブンは疾走する。無数の気配が追ってくる。
屍人が、生きた人間をかみ殺す。倒れた人間は起き上がり、新たな屍人となる。
セブンは魔剣を振り回し、屍人の上半身を斬り飛ばす。屍人は上半身だけで這いまわり、そして跳んでくる。セブンの拳が、屍人の頭蓋を砕く。
屍人は次々と襲い掛かってくる。鎧に噛みついてくるものの、その顎は砕けたようだった。
「無駄なんだよなぁ。そもそもおれガイコツだしな」
セブンは回転し、周囲の屍人を斬り裂いた。屍人とはいえ、人を斬る感覚はやはり不快だった。
「うまく隠したものだな。あの二人はどこへ行った」
「それをすんなり答えるとでも?」
セブンは上を見上げた。
死人のような色をした蒼い月を背に、その男は立っていた。
セブンはその名を呼んだ。
「久しぶりだなぁ──ネルガル」
「……吾輩を知っているだと……!? するとキサマは」
セブンは兜を外した。
「何故だ……キサマは『あの男』が死に、屍術──ネクロマンシーが解けて、土に返ったはず」
「ああ。その後で、どういうわけかおれの“不死性”が戻ってきてな。こうしてまたよみがえったわけだ。ガイコツのままな」
「く……くくく。魂と血肉を九つに分けたというのに……。骨まで喰らい、取り込んでおくべきだったか」
「そういうこった。あの時……あいつを殺したのは、お前だな」
ネルガルはすっ、と地面に降り立ち、セブンと向かい合った。
その男の顔には深いしわが刻まれている。それを歪ませて、彼は笑う。この前見たトレントに似ているな、とセブンは思った。
「そうとも。そして、ヤツの屍術を奪った。キサマの”不死性”を持った男が行方不明になってしまっていたのでな。死を超越する術が欲しかったのだよ」
「自分が死んだあとも、その術で死者としてよみがえろうってか」
「それだけではないぞ」
あらゆるところから、屍人が姿を現す。
「吾輩はね、死者の王国をつくりたいのだよ。死者の軍勢をもって、この世界のすべてを手に入れたい」
ネルガルは両手を天に向かって掲げる。
「はぁ? そんなことして楽しいのかよ」
「キサマにはわかるまい。死に怯える人間たちの気持ちが」
「なんか似たようなこと、ちょっと前にも言われたっけかな」
「この術はまだ完全ではない。魂が元の身体に定着しない」
「そりゃあ、そうだろうよ。たしか魂は女神サマのとこで、次の再生を待つんだろ? それを無理やり……」
「それでも吾輩は“挑戦”するのだよ。人間を、死から解き放つために」
ネルガルは自分に酔っているように見えた。
本来のネクロマンシーとは、単に屍に一時的な仮初の生命を与えて操るだけのもの。死者を蘇らせるような奇跡ではない。世界の理を捻じ曲げようとすれば、その理に排除されることになるだろう。そのことをネルガルは知らないのか。知ってなお、叛逆するというのか。
「キサマから得た力が、いずれそれを可能にしてくれるはずだ。……ふむ、キサマに”不死性”が戻ったのであれば、それを取り出せるか試してみるか」
「……おまえをぶったぎる前に、もう一つだけ聞かせろや。あの子をどうするつもりだ」
「あの子? 人の容をしただけの災厄のことか。アレの【黒死】が発動すれば、吾輩の配下を一瞬で増やせたのだが……いつまで経っても覚醒する気配がない。待っているのも飽きたのでな。強硬手段を取ることにしたのだよ」
「死を、広めるつもりか」
「【黒死の魔女】が吾輩の手に入れば、思い通りに死を操ることができる。術が完成した暁には、まずは中央都市で【黒死】を発動させ、冒険者たちを皆殺しにし、出来上がった優秀な屍人たちを我が配下にするつもりだ」
「そううまくいくもんかねぇ」
「うまくいくであろう。忘れているのか、自分がなんと呼ばれていたのか……【屍の王】よ」
屍の、王。
ああ。そうだ。おれは──。
「そうとも。吾輩は! キサマという存在に心底憧れていたのだよ。冥府より幾度も甦り、亡者どもを従え、この世を地獄に包み込もうとした王に、吾輩は心酔した! 吾輩は! それを模倣したいだけなのだよ。否! 吾輩はキサマそのものになりたい! その欲求が、吾輩に、吾輩たちにキサマを殺させたのだ」
そうか。
こいつの『欲』は、おれの……。
ならばどうあっても、ここでカタをつけなければならない。おれが。
セブンは魔剣を構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます