第17章 スノードロップ

第96話 黒死の魔女

 寒い。

 厚手のコートを着ても、なお寒い。

 なんでオレ、こんなとこにいるんだ帰りたい。ジャンは吹き荒れる雪をげんなりとして見つめている。


「そしてなんでおれも連れてこられたんだ」

 骨なのに寒いなおれ。いや、気のせいか。セブンはざしざしと、”たぶん”久々の雪の感触を楽しみながら、踏みしめた。

「ホント、ガイコツと旅行なんざ味気ねえったらありゃしねぇ」

「旅行じゃねーだろ。なんだっけ、何とかの魔女っていうのをやっつけるんだっけ」

「【黒死こくしの魔女】な。オレ、災厄じゃなくて吸血鬼退治専門家なんだけどなー」


 黒死の魔女。

 それは、死をもたらす【災厄】である。

 その詳細は不明。魔女は出現したその時、周囲の生命をすべて奪うとされている。故に、その姿を記した文献はないのだ。

 何故、そんな魔女が存在するのか。何故、命を奪うのか。誰にもわからない。ただあるのは、魔女が現れたとするその町や国は、誰ひとり残らず死んだという記録だけ。


「ホントに存在すんのかねえ、そんなモンが。そもそも、なんでそんなやつがこの大陸に出現するってわかったんだよ」

「過去、黒死の魔女が出現したとされる年と場所をたどるとな。一定の間隔があるんだよ」

「んで、推測されたのがここってわけか」

「そういうこった。オレは吸血鬼化できるアイテムをつくれるってーのと、吸血鬼を退治してきた功績が買われて。おまえはよくわかんねーガイコツだけどたぶん死なねーから。このふたりなら黒死の魔女の正体を暴けるだろーって」

「んで。依頼してきたのは?」

「闇ギルドさ。フツーの冒険者じゃ手に負えねー案件を秘密裏に処理してる組織だな。犯罪に手を染めることもいとわねぇ連中が揃ってるんだぜ」

「そんなんあるんか。生きて帰れるのかわかんねーけど、帰ったら報酬たんまりもらえんだろーな」

「おう。前金もたんまりもらってるから、せいぜい贅沢させてもらおうぜ」

 そいつは楽しみだ。雪の中を歩きながら、二人は話す。


 やがて、ぼんやりと建物が見えてきた。

「ここが──雪の大陸の王都シュニィ」

 災厄は……すぐそこまで、迫っている。



 酒場で酒と美味しい料理を堪能したジャンとセブンは、宿屋へと向かう。

 災厄が来ているとは思えないくらいに、夜の町も賑やかだった。何の予兆も感じられない。


 ちり。

 セブンは右腕の数字のあたりに焦げつくような痛みを感じた。


 ──たたた。

 少女が走ってきて、そして。セブンにぶつかった。

「あ! ご、ごめんなさい!!」

「おぅ、気をつけな……嬢ちゃん。──う」

 セブンがガクリと倒れた。


「おい、どうした!?」

「……あ、あ……わたし……わたし……」

 少女の真っ白な髪は、雪を思わせた。

 少女は泣き出しそうな顔で後ずさる。


「あー、びっくりした。今死んでたわおれ」

 セブンが身体を起こし、少しだけ伸びをして言った。

「あん? なんだおめぇ、ふざけてんのか、酔っぱらってんのか」


「そこの女の子──【黒死の魔女】だ」

「はあ?」

 ジャンはセブンが完全に酔っぱらっていると思った。なんで骨なのに酔っぱらうんだよ。ジャンはぶつぶつと言いながら、セブンを立ち上がらせた。

「え? あ、あの?」

 少女は目を丸くして、身体を硬直させている。

「おれ、やっぱ死なねーのかなー。あ、おれこういうもんで」

 セブンは兜の面をパカッと開けて、ガイコツの顔を少女に見せた。

 少女は叫び声をあげることなく、気絶した。


「お、おまえそれはだめだろガキに」

「あ、しまった。ついうっかり」

 どうすんだこれ。二人は困り果てて、その場に立ち尽くすのであった。

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