第95話 氷の、融解

「うおっ! 何もねーところからでてくんなびっくりした!」

 途方に暮れていたジャンたちの背後から、彼らは現れた。

「6時間以上も……ずいぶん待たせてしまったわね。ごめんなさい」

「あん? おめぇらがいなくなって、30分経ったくらいじゃねーか?」

「え?」

 ハンマーから──【白雪】の思考が流れてくる。あの場所と、外の時間の流れは違うらしいようだ。


「隠しダンジョン、あったんだな」

「ええ。でも、行き方は教えない」

「ふぅん。ま、推測はできるがな。いいさ。言いたくないってことはそれなりの理由があるってことだもんな」

 そこに面倒なことがあることは明白。関わらない方が吉。ジャンはアイリスの態度からそれを感じ取っていた。

 面倒なことと言うか、面倒くさいのだろうな。パーティとしての付き合いが長いジャンは、これ以上の言及をしても、アイリスの機嫌を損ねるだけだとよく知っていた。


(しかし、それにしては機嫌がすごくよさそうだな)

 表情は変わらないように見える。変えないように努めているのが丸わかりだった。いつもよりツンとして見えるのはそのためだろう。彼女のその表情の変化と、アレンのちょっと気まずそうな顔を見て、色々と察するジャンなのであった。


 あの【白銀の闘鬼】が。

 いつだったか【氷鬼】とも呼ばれていたあのアイリスが。

 あっ、表情が緩んだな一瞬。こいつがこんな表情をするとは。

 それが何だか、ジャンにとっては少し嬉しかった。


「っし! じゃあ、帰るか。リィン、ルーシー、走るぞ」

「え? どうしてですの?」

「はぁ!? うぜー! パパと一緒がいいんですけど!」

「うるせー! 今日は酒場でオレの好物のアレがでるんだよ! はやくいかねーとなくなるだろーが!」

「え! アレが!」

「リィンは興味ないからパパと……あー! このっ、ルーシー、ひっぱるな! あー、なんか頭がぽわぽわしてきた。ルーシー、なんかした?」

 三人はわたわたと走って行った。アレって一体なんだ。

 その場に残された、アレン(とエクレール)、そしてアイリス(と白雪)。


「ねえ──アレンさん」

「うん?」

「わたしたちと、パーティを組まない? アレンさんが来てくれたら、とても心強いんだけど」

 わたしが。と小さく、つぶやくように最後に言う。

「僕が、アイリスのパーティに?」

 アイリスは、頷いた。


 アイリスが、認めてくれたということなのだろうか。僕を?

 その事実はアレンの気持ちを昂らせた。しかし。

「誘ってくれて、ありがとう。でも僕は、あの北の大ギルドのみんなと、もっと冒険がしてみたいんだ。それで【上級冒険者】になれたその時は……」

 ふふ、とアイリスは笑った。たぶん断られるだろうなと思っていたものの、それでも誘わずにはいられなかったのだった。少しでも、一緒にいたいから。もっと、この人のことを知りたいから。


「わかった。その時を待ってる。でも、これからも、こうして時々……一緒に冒険がしたい。アレンさんと、一緒に」

 そう言って、アイリスは自分でも知らない優しい笑顔を浮かべた。

「……うん。行こう、一緒に」

「約束よ。そうだ、せっかくだから一緒に酒場にいきましょ。アレ、ジャンに全部食べられちゃう」

「ちょ、アイリス!?」

 そう言って、アイリスはアレンの手を取った。そして、強く握りしめる。


「アーイーリースー!!」

 エクレールがばちばちと雷を放つ。氷の精霊、白雪が雷を弾いた。

「まーまー、今日は許してやれよー、エクレールちゃんよー」

「うっさい白雪! かわいい名前しちゃって!」


 アイリスはアレンの手を引き、走り出す。

「は、速いよ、アイリス……! それに、アレって一体……」

 なんなのだろう。本当に。


 思考を置き去りに、アレンはアイリスの速度で走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る