第92話 ゲーム、開始

 塔の中。

 広がる光景に、三人は言葉を失った。


 ずらりと並ぶ氷像。それは、人の形をしていた。いや、まさか人間そのもの? 人間が、凍りついている? そう感じさせられるほど、精巧な氷像だった。


「おっやおやー!? もしかしてニンゲン!? ほんもの!? ひっさしぶりだなー!!」

 青白い光が、アレンとアイリスの周囲を飛び回る。


「あっ! あなたも精霊!?」

「んー、そのような存在? まー、精霊なんて言葉はニンゲンがつけたもんで、ただの定義でしかないけどなー。オマエは、雷か」

「あなたは氷ね!」

 精霊同士、きゃいきゃいと話が盛り上がっている。氷の精霊を見る、アイリスの表情が険しい。


「ねえ。あの氷の像……貴方がやったの?」

 氷の精霊が、動きをぴたりと止めてアイリスに向き直る。


「──そうだよ? はこの塔にある秘宝を奪いにきて、塔を荒らしまわった連中さ。もしかしてオマエらも秘宝を狙ってるのか?」

「秘宝? わたしたちはたまたまここに入り込んでしまっただけよ」

「たまたま……ね。ま、いっけど」

「だから、ここから出たいんだけど」

 アイリスがそう言うと、氷の精霊は悲しい顔をした。

「えー。せっかく来たんだからゆっくりしていけよー」

「ここは寒いから嫌なのよ」

 アイリスは目の前の氷の精霊を警戒していた。エクレールはアレンを介して様々なことを見聞きしており、人間というものに対して理解がある。しかしこの氷の精霊は違う。根本的に違うのだ。これだけ多くの人間を氷漬けにしても、何も感じていない。


「ふーん……オマエ、その目、気に入らないなー。つまんね。つまんねーから、おれっちと【ゲーム】しようぜ! ねーちゃんたちが勝ったら、ここから出してやるし、秘宝もくれてやる」

「秘宝はいらないからすぐに出してもらいたいんだけど」

「そういうなって。よっ」

「っ!?」

 アイリスは心臓のあたりに鋭い痛みを感じた。反射的に、氷の精霊に向かってハンマーを振り下ろした。氷の精霊はけたけた笑いながら、それをかわした。


「──今、何をしたの!」

「ちょっと呪いをかけただけだよ。氷漬けになる呪い」

 呪いと聞き、ここでようやくアレンも表情を変えた。

「6時間……ってとこかな。それが過ぎると、そこらへんにある氷像とおんなじになるよ。それまでに塔の頂上に来られたら、ねーちゃんたちの勝ちってことで!」

「こらー! いたずらが過ぎるわよ!」

 エクレールが雷を放ち、怒る。しかしそこに、氷の精霊の姿はなかった。声だけが聞こえる。


「んー。難易度高いかもだから、ちょっとした救済措置用意しておくなー。この塔には至るところに氷像が置いてある。おれっちのコレクションってやつさ。それを壊したら、一体につき『1分延長』してやるよ!」

「……なんだって?」

 アレンは嫌な予感に震えた。それを知ってか、氷の精霊の声は弾んでいる。

「ちなみに氷像になったやつら、生きてるからねー。呪いを解けば生き返られるヤツらなのさ。さぁさぁ、もたもたしてると時間なくなるよー! もう、ゲームは始まってるからねー」


 声は、消えた。


 アイリスが、氷の壁面に向かってハンマーを叩きつける。粉々に散った氷は、すぐに元通りに戻っていく。

「塔をぶっ壊してやろうと思ったけど、できないみたいね」

 6時間で、30階層のダンジョンを踏破。それぞれの階層はさほど広くなさそうだが、何が待ち受けているかわからない。


「アイリス……大丈夫?」

「ええ。いきましょう。あの精霊、ハンマーでぶん殴ってやる」

 胸に冷たい痛みを感じたアイリスは、少しだけ苦しげな表情をした。それをアレンに悟られないよう、アイリスは先に歩き出した。

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