閑話 修練
ぽいっとアレンは投げられた。
──強い。
雷の魔法が通用しない。雷の魔法で強化した速度で動いているのに、先読みされてしまう。
「んだなー。アレンっち、動きが素直すぎんだわー。『ココを狙うぞ!』っていうのがわかりやすいんだわ」
ミノタウロスのバーバラは、跳んできたアレンの足を掴んで、またしてもぽいっと投げながら言った。
もっと強くなりたい。
そう願うアレンの声を聞いたカミラが、戦闘のこと”だけ”ならズバ抜けてセンスのあるバーバラに彼の鍛錬をお願いしたのが事の始まりだった。
「ちょっとバーバラ! 手加減しなさいよ! アレンさまが怪我したらどうするの!」
「だ、大丈夫だから……カミラ」
手加減は意味がない。
そのことはカミラも重々承知。そのはずだったのだが、いざ修行を目の当たりにし、傷ついていくアレンを見ると冷静ではいられなくなってしまうのであった。
「マナの操り方は超一流と言ってもいいくらいなんだけんども、体術の基礎がなってねぇんだわ。ま、これは一朝一夕で身につくもんじゃねえわな」
日々鍛錬。近道はない。
「……だども。一段階、レベルを引き上げる方法はあるだよ」
「え? そんな方法が……」
「実践だべ。それも、命を懸けた殺し合いだー。生きるか死ぬかのギリギリでやりあうことが、感覚を磨くことになるだー」
アレンはドラゴンバスターズでの訓練場の出来事を思い返す。あれか。やはりあれをやるしかないのか。
「そんなのだめに決まってるでしょー! バーバラのバカー! バカバーバラ―!」
「か、カミラっち、うるさいだよ……」
「……バーバラさん。全力で……お願いします」
アレンは覚悟を決めた。
「いいんだな? アレンっち」
「はい」
「だめよアレンさまー! 危ないことはやめてー!」
「カミラっち。アレンっちのことを想うんだったら、黙ってみてるだよ」
雰囲気が一変した。
バーバラの全身から放たれる闘気が、大地を震わせる。
「したら……いくだよぉっ!」
「っ!」
カミラの突進。
アレンは雷の魔法で反応速度を上げていたにも関わらず、反応できずに吹っ飛ばされた。
疾い、だけではない。あの闘気が、殺気が、アレンを怯えさせ、動きを鈍くさせたのだ。
「ほれ、回復薬だ。まだまだいくだよ」
「ごほっ……は、はい!」
地面に打ちつけられる。口の中で土の味と血の味が混じって気持ち悪い。
何度骨が折れる音を聞いただろうか。手足はぐしゃりと潰され、内臓もつぶれる。
回復薬だけでは間に合わないので、ニコルと四天王(であったことはまだ伏せられている)オルカが、アレンに回復魔法をかけるために呼ばれた。
「アレンっち。オラを殺すつもりでかかってこ。気迫で負けたらダメだぁ」
「……は……い」
速度を上げる。速度を上げる。速度を上げる。
筋肉が悲鳴をあげて千切れても、血反吐を吐いても、止まらない。
バーバラの反応速度を上回る連撃。しかし、バーバラはそれを受けても顔色一つ変えない。
「軽いだな。筋力がたりねーなら、全力の魔力をその短剣に込めて撃つだよ!」
ごきっ。バーバラの拳が、アレンの首の骨を折る。
見ていられない。ニコルとカミラは卒倒しそうになる。
全力の、一撃。
本当に、殺すつもりでやらなければ、いけないのか。
アレンはまだ躊躇っていた。”その一撃”は確実に通る。しかし。
「アレンっちは優しすぎるんだなあ。なら、ここからはフルパワーでいくだよ!」
バーバラは地面に刺していた偃月刀を手に取った。これまでとは比べ物にならない闘気が放たれる。
次に放たれる一撃をくらえば、即死するかもしれない。直撃を避けたとしても、回復も間に合わないダメージを負うことになるかもしれない。アレンの精神がじりじりと追い詰められていく。
「アレンちゃん。大丈夫! こっちも全力でいこ!」
アレンのためと想い、これまで静かにしていたエクレールが口を開いた。
アレンとエクレールのマナが
最大出力。アレンの全身から雷が迸る。
「いいぞいいぞ! オラ、わくわくしてきたぞ! したらば、いくべよ!」
バーバラが地面を蹴った。アレンが地面を蹴った
「砕け──
「貫け──
力と力がぶつかり合う。
爆発音の後──静寂。
──。
──。
やがて、音が戻ってきた。
「見事だ、アレンっち! その覚悟と決意が、おめぇを強くする! それを忘れんな! ごふっ」「あ、ありがとう……ございました……バーバラさん。うぐ」
二人は笑いあい、そして、倒れた。
「だれかー! はやく回復回復―!」
後日。
「アレンっち! 今日も組手やるだよ!」
「ば、バーバラさん。今日はちょっと……」
「ちょ、ちょっとだけだべ。ほんのさきっちょだけ」
バーバラがアレンを追い回し、セレナ、エクレール、レオン、そしてカミラの総攻撃を受けて吹き飛ばされた。
「あーあ。まぁた変なの増えちまったよ。どうすんだあれ」
セブンが一部始終を見てつぶやいた。
「アレンっち! オラの、オラの婿になってくんろ! きすみーぷりーず!」
「ダメに決まってるでしょ、この猛牛!」
「そうよそうよ! アレンちゃんのお嫁さんはワタシひとりでいいのー!」
ああ。今日も平和だ紅茶がうまい!
セブンは紅茶をすすった。液体はだばだばと流れ落ちていくのであったとさ。
さらに後日。
「貴女。アレンさんをぼこぼこにしたらしいわね」
「おお! おめぇは【白銀の闘鬼】だな! おめもアレンっちをぼこぼこにしたって有名だべ」
「う……そ、そう、だけど……」
「おめぇとも一度やってみたかったんだー! いっちょ、手合わせしてくんろ!」
バーバラがいきなり右拳を放つ。
アイリスはそれを軽々と受け止める。びくともしない。まるで山に拳を打ち込んだみたいな感覚。バーバラは戦慄して青ざめた。
全闘気、魔力を一点に集中させているのだ。そのコントロールの精度は高い。
それだけではなく、純粋に筋力が強いのだ。常人の数倍か、数十倍か……もはやこれはミノタウロスだ。
「手合わせ、ね。望むところよ。覚悟なさい」
アイリスは拳を、蹴りを、拳を、蹴りを、バーバラに打ちつけた。閃光が、突き刺さる。
「お、オラのガードを簡単に……」
「まだまだいくわよ」
「ひ、ひょえええぇぇぇ」
バーバラをぼこぼこにのしたアイリスは、鼻歌まじりにアレンのもとへと向かうのであった。
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