第90話 つながり

 ユーリはアレンに自身のことを話した。

 アレンが難しい表情をしているのを、ユーリは不安そうに見ている。


「世界樹──本当に、あったんだ……創作とばかり思ってた」

 こくん、とユーリは頷く。

「その……黒いアラクネの動きが気になるね……。グレイっていう冒険者も……危険だ。アイリスにお願いして、中央都市のギルドにも調査してもらおう。もちろん世界樹の大陸のことは伏せて。大丈夫……きっとそのルーっていう子を元に戻す方法も見つかるよ!」


 延々と続く道を、暗い道を、ひとりで歩く。歩き続ける。

 疲れ果て、倒れそうな時。手を差し伸べてくれる人がいた。


 その手を掴む。

 暗い世界に光が差し込む。



 世界樹は全知全能。そう信じていた。それが世界のすべてだと思っていた。

 しかし、世界樹と通じ合っても、どれだけの本を読んでも、まだまだ知らないことがここにはあった。人間は、生命は進化するものなのだ。始まりと終わり。終わりと始まり。それを繰り返し、繰り返し、どこまでも続いていく。


 マナを自在に操れても、どれだけ強くなっても、ひとりで出来ることは限られている。だからお互いを補うように、手を取り合い、協力し合いながら、人は生きていく。


 新たな物語は生まれ、紡がれていく。想いは心の中に炎のように宿り、消えることはない。そう、冒険王の物語のように。その意思を、意志を継ぐ者たちが新たな伝説を創ることだろう。


 ユーリは今、つながることを知った。


 疲れたら、寄りかかればいい。頼ればいい。それが、仲間というもの。ユーリは、ぐっ、と涙をこらえた。こらえなければ、溢れ出て止まらなくなりそうだったから。

 


「……ありがとうございます、アレンさん。私はあなたたちに出会うことができてよかった」

「僕もユーリに会えてよかったよ」

 アレンは微笑んだ。


 ユーリはじっとアレンを見つめる。

「──私はそういったことを本の中でしか知りませんが、異性を勘違いさせるような言動は控えた方がよいかと思います。特に“彼女たち”の場合は敏感に反応してしまうことでしょう」

「え?」

 無自覚。こういうところも、なんだか冒険王みたいだなとユーリは思った。


 しかし。

 アレンの発するマナは一種の【媚薬】に近いもの。ユーリはそのように解釈していた。


 あの彼女らがアレンに見つめられながら先ほどのセリフを聞いたら、容易く魅了されてしまっていたことだろう。ユーリは少しだけため息をついた。

「普通の人間は、モンスターや異なるモノたちを簡単に受け入れることができないもの。受け入れているつもりの人であっても、どこか心で壁をつくっているもの。それなのにあなたからはそれを感じない。もひとつの要因なのでしょうね」

「えっと……よくわからないけど……ほら、【冒険王の物語】で、冒険王は種族関係なく、色々なひとを助けて、好かれて、尊敬されているでしょ? 僕はその姿に憧れて……だから」

 やはり。彼のはそれか。ユーリは笑った。

 かの冒険王の物語の多くは創作も含まれるという。各所に残る文献には、必ずしも素晴らしい功績のみが記されていたわけではない。それでも、物語を創る上で、冒険王という存在は神格化されていった。


 もちろん、それを模倣したからといって、物語の冒険王のような人格者となれるわけではないだろう。あまりにも清廉潔白。勇猛果敢。それでいて、すべてを許す優しさがあった。そんな人間など、現実には存在しない。

 それでもアレンは、その理想を実現しようと冒険者になった。


 。ユーリは彼を『物語の主人公』として描きたくなったのだ。

 彼を中心に、『この物語』は動いている。彼がこの先にいきつくところがどこなのか。それはわからない。ユーリはそれを見届けたかった。


「それで、ユーリ。その……”大いなるマナが乱れている原因”というのはわかりそうなの?」

 アレンが話を戻し、ユーリもこほんと咳ばらいを一つして頭の中を切り替えた。

「はい。各所を調査した結果、やはり中央都市の地中から根を伸ばすようにして、邪悪なマナが放出されているようです」

「中央都市の地中……それって」

「はい──世界最大のダンジョン【ガイア】。そこが異変の根源です」


 早い段階で気づいてはいた。気づいてはいたものの、手が出せなかったのである。

 まず。【ガイア】への立ち入りは中級冒険者以上でなければ許されていないこと。しかし、許可があろうとなかろうと、ユーリであれば侵入することはできた。問題はその後だ。

 いくらマナを自在に操れるとはいえ、巨大なダンジョンにひとりで立ち向かうことはできない。しかも【ガイア】はマナが不安定に揺らいでいて、空間転移の魔法が使えないという。『原因』の場所を特定することは困難だろう。慎重に、念入りに、準備をする必要があったのだ。


「これからも各地で様々な異変が起きることでしょう。根本的なものを取り除かなければいたちごっこです」

「そうか……。僕たちは中央都市から追放された身だけれど、申請すればダンジョンには潜れると思う。一度、みんなで探索に行ってみようか」

「……ありがとうございます」


 何かが起こる前に……いや、すでに起きているのかもしれない。しかし、何が待ち受けていたとしても、怖くない。


 もう、ひとりではないのだから。


 

 ふと。


 世界樹が、ほほ笑んだような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る