第89話 古の魔王
その建造物は苔などの植物の緑色に覆われている。遺跡というより、もはや森の一部であった。
清浄な空気が穏やかなマナと共に流れているのを、ユーリは感じる。心地よい場所だ。
「これ、おれの墓」
「──はい?」
「正確には、おれが最初に死んだ時につくられた墓だな。って何言ってるのかわかんねーよな」
ユーリはうんうんと頷いた。
「まだ色々と思い出せねーことも多いんだけどな……。おれはたぶん初代【魔王】だ。魔王が魔王と呼ばれる前の存在だな」
「あなたが……魔王!?」
セブンはかくかくと頷いた。
「魔王が魔族ってやつの長を意味するところなら、おれはそれに当てはまることになるだろうな。不死身なんだよ、おれ。こんな骨になる前からな。まぁ、死んだら復活するまで時間がかかるんだけれども。っておれも知らなかったんだけどな、最初は。ありゃ、何の戦争の時だったかなぁ……。女神の加護とやらを受けた人間たちに負けて、おれもこてんぱんに伸されて。とにかくみんな、おれが死んだと思って、ここに墓をつくって埋めたわけよ」
そうだ。この場所は【魔界】……魔族と人間が呼ぶモノたちの領土の一部だった。彼は思い出す。
何十年か経ったあとで、彼はよみがえる。
「したらもう次の王が魔界を治めてるじゃねーか。おれは行き場を失って、いろんなところを放浪したんだっけなあ」
そして彼は人間たちの世界に足を踏み入れる。そこには魔界にはない豊かな文明・文化があった。争いばかりの魔界は、いずれ滅びの道を歩むことになる。そう感じていた彼は、人間たちから『学ぶ』ことにしたのである。
「人間も魔族……その派生であるモンスター族。姿カタチに違いはあるものの、同じ世界に生きるものとして、共存できるんじゃねーだろうか。おれはそう考えるようになっていったよ」
彼は人間、魔族両方に働きかけた。しかし、理解は得られなかった。彼はあきらめずに、何年も、何十年も、何百年も、皆を説得し続けた。
賛同者は増えたものの、一向に『改革』は進まなかった。ある『意思』が働いていることに気づいたのは、さらに後のことだった。
「ある意思……?」
「ああ。誰かにとっちゃ、おれは不都合な存在だったんだろうな。常に監視されているようだった。結局、尻尾は掴めずじまいさ。おっと、この話はここらへんにしておこう。さて……まだ、アレがあるといいんだけどなー」
セブンは話を切り上げ、ずかずかと遺跡へと入っていく。その後をユーリは追った。
入り口を通ると、中は広間が一つあるだけ。その中央には棺。セブンはそれを躊躇うことなく開けた。
「おー。あったあった。誰かに盗られていてもおかしくなかったのになー」
「……その棺。おそらくあなたにしか開けられないように封印がなされていたようです」
「え? あー! おれだ。おれが封印したんだった。忘れてたわー」
セブンはよっ、とそれを取り出した。
それは『鎧』。漆黒の鎧は、黒い金剛石のように美しい輝きを放っている。
「おっ。兜もあった。って髑髏じゃねーか。こんな趣味悪い兜誰が被るんだよ。あ、おれか。これは普段は被らないでおくかー。ガイコツがガイコツ被っても意味ねーし」
──骸の王。
そんな風に呼ばれたこともあったっけなーと、セブンがぶつぶつとつぶやく。
「……凄まじい魔力が内包されいますね、それ」
「おう。古のドワーフたちが鍛え上げた逸品だぜ。今後、必要になるかもしれねーからな」
「セブンさん。あなたが何を抱えているのか……ちゃんと話してください。わたしたちはパーティ、そうなのでしょう?」
「ああ。そういった手前、おまえにゃ話しておく。まだすべてを思い出したわけじゃねーけど。ただ、今はみんなに話すのはやめておいてくれ。折をみて、おれから話したい」
「わかりました」
セブンはユーリに話した。作り話を。
皆を巻き込むわけにはいかない。皆を仲間と思っているからこそ、こんなことに巻き込んではならないのだ。
何故なら彼らは冒険者。血で赤く染まった道を行く者たちではないのだ。
冷たく、暗い道を歩くのは自分だけでいい。
それを知ったら、ユーリは怒るだろうな。不公平だと。
それでももう……失いたくないのだ。裏切りだと罵られても、彼らには明るい道を歩んで生きてもらいたい。
それがセブンの願いだった。
そうだ。
黒い髑髏は。
己の感情を悟らせないために被ったものだった。
誰だったか。
あんたは顔に感情がすぐ出る。それが戦いでは致命的になるからそれを被っておけ……そう言ったのは。
思い出せない。思い出せないことが多すぎるな。
セブンは哀しく笑うのだった。
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