第88話 ユーリ

「なんか知り合いみてーだけど、もちろんやっちまってよかったんだよな?」

 セブンがアラクネたちを貫いてから、そう言った。

 ユーリはしばらくセブンを見た後で、にやりと笑う。

「ああ。ぜ~んぶ、ぶっ殺しだ!」

「よかった。あんまり蜘蛛好きじゃねぇんだよ、おれ」

「オレ様もだよ」


 剣が。

 無数の剣が──宙を舞う。


『どうして。魔法は使えないはず……!』

「魔法じゃねーからな、これ」

 

 【英霊の剣】

 それはセブンが発現した、新たなスキルであった。

 英霊。その正体がなにか、今のセブンにはよくわかっていた。


 ──すまねぇな、おまえたち。少し借りるぜ。

 次々と剣は召喚され、アラクネを貫いては消えていく。


「やるじゃねーか、ガイコツ」

「なーんかまたおれとキャラ被ってんな。ってかユーリ、なんなんだそれ」

「後で話してやるよ」

 アラクネたちは魔法の使えないユーリに殺到する。しかし、ユーリはどこからか取り出した杖を手に、アラクネたちを。仕込み刀だ。

 それは【妖刀】。傷を負ったアラクネたちは『呪われた』。胸をかきむしり、苦しみ、のたうち回る。


「わらわらわらわらと……数が多いなぁ」

「ああ。仕方ねぇ、ちと燃やすか」

 ユーリの目が赤く燃えた。アラクネたちは口から炎を噴出させ、倒れた。体内を発火させたのだ。内臓が焼かれてはひとたまりもない。

「ん? もう魔法、使えるんか?」

「ああ。今さっき、結界の魔法式を書き換えたからな。で、どうするよ。まだやんのか、蜘蛛ども? あぁ!?」

 ユーリがアラクネを睨みつける。


『あーあ。わたしのかわいい子供たちが……でもぉ、まだまだたぁくさんいるのよぉ』

 アラクネたちだけではない。【魅了】で骨抜きにされたモンスターたちや、魔石の力で変異した動植物、蟲たちも集まってきている。

「めんどくせーな。この森全部燃やすか」

『やってごらんなさぁぁい!』



 ──ガァァァァァアア。



 ルーが、いや、ルーだったものが吼えた。

『アナタ? ……そう。残念ね。ユーリちゃん、アナタを食べるのは次の機会にするわぁ』

「あん? なんだ急に。逃げるのか? 逃がすかよ」

『うふふ。焦らないでぇ。必ず決着はつけるから。その時を楽しみにしておいてねぇん。それじゃあ、またね』

「ああ? てめぇ──ちっ、消えやがったか」

 まるで最初からいなかったかのように。痕跡ひとつ残らず、アラクネたちは消えていた。ルーの姿もない。

 大規模な転移魔法。彼らには『仲間』がいるのかもしれない。ユーリはそう感じ取っていた。

 彼らが人々に害を成す前に叩かなければ。ユーリはぎりっと奥歯を噛みしめた。



「はぁ。なんだか面倒なことが起きてんな。で……おまえ、ユーリ……なんだよな。そっちが本性ってわけか」

 セブンがユーリに訊ねた。彼女は口端を歪めてみせる。

「二重人格ってやつだな。オレ様、どういうわけか世界樹の護りびとなんてもんに選ばれちまってな。世界樹のもとで生活しなきゃならなかったんだが、これがまぁ退屈で退屈で、とにかく死ぬほど退屈な生活で嫌気がさしてな。“ユーリ”って人格を作り出して、あいつに護りびとの役割を押し付けたんだよ。ユーリは自分こそが主人格と思い込んで、オレ様のことを右眼に封印した悪魔とかぬかしてるがね」

「ふぅん。世界樹かー。一度だけみたことあったっけなー。しっかし……退屈すぎて別人格を作り出すなんて、よっぽどだな……」

「そりゃそうよ。何百何千年と、なーんの娯楽もなしに生きていかなきゃならねーんだぜ。話し相手は世界樹のじじいくらいなもんだし、気が狂うぜ」

「なるほどなー」


 そしてセブンは、彼女が元居た大陸での出来事を聞いた。すべては自分が招いたこと。その事実がユーリを苦しめていた。


「ひとりで抱え込むんじゃねーよ。頼れよ、仲間たちを」

 セブンは『ユーリ』に言った。

 『ユーリ』は、はっと顔を上げる。

「今はいるだろうが、仲間が。おれたちゃパーティだ。違うか? おまえが何者で、なにを抱えているか……あいつらは、全部知った上でおまえを支えるさ。もちろん、おれも含めてな。一緒に冒険した仲じゃねーか。つれねーよなー」


 わたしは……ひとりじゃない?


 仲間? わたしを、仲間と言ってくれている?

 皆の顔が思い浮かんだ。共に冒険した思い出がよみがえる。

 そうだ。わたしはもう、ひとりじゃなかったんだ。どうして今まで気づかなかったんだろう。


「クックック。ちゃんとユーリにゃ届いたみたいだぜ、ガイコツ野郎。ふわーあ。久々に出てきたら疲れちまった。オレ様はひと眠りするとするか。そんじゃまたな」

 ユーリが目を閉じ、うつむいた。次に顔を上げたとき、ユーリはいつものような、つんと澄ました表情に戻っていた。


「……ありがとうございます、セブンさん。私……皆さんに話します。これまでのこと、そしてこれからのことを」

「ああ、そうするといい。これ以上事が大きくなる前に、みんなで対処しよーぜ。大丈夫、何が起きてもおれたちなら怖くねーさ」

 ユーリはほんの少しだけ微笑み、頷いた。


「さて、と。次はおれの用事を片づけにいくか」

「遺跡に用事があるんでしたね? 一体何が……」

「ま、ここでごちゃごちゃ話すより、遺跡についたら説明するわ。とりあえず進もうぜ」

 そして二人は遺跡を目指して歩き出した。

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