第87話 変貌
黒い、蜘蛛。
黒く不気味に変異した森の中を、それはきしきしと走り回る。
ユーリの右眼がうずく。
「……なんだありゃ」
白い何かが巻き付いているソレがいくつも樹から垂れ下がっている。
干からびた目が、こちらを覗いているようだった。
それは『彼ら』の保存食であった。まだ、息があるものもいる。
『ふふふ。うふふふふふ』
笑い声が響き渡る。ユーリは右眼の眼帯を外した。
「──あなたが、あの大陸から出られるとは思いもしませんでした。放置した私の責任です。ここで始末します」
笑い声が近づく。
黒いアラクネが一匹、二匹、三匹……無数。
そしてひと際大きな個体。顔には仮面のようなものがつけられている。
『お久しぶりねぇ、ユーリちゃん。会えてうれしいわぁ』
「なんだぁ……てめぇ、ぞろぞろと。また痛い目にあいたいのか?」
セブンがぎょっとしてユーリを見た。彼女は右眼を抑えている。
「勝手にしゃべらないでください」
「そういうなよ。久々に出てきたんだからよ」
何をしゃべっているんだ、ユーリは。ひとりで。セブンは目の前で起きていることが理解できずにいた。
『うふふふ。世界樹の加護がないアナタが今のわたしをやっつけられるかしらねぇ? それにこの森はわたしの王国よ。頼もしい兵隊さんたちがたくさんたぁくさんいるのよぉ』
「……それは、あなたの子供たちですか?」
ユーリはアラクネたちを見渡す。
『そうよぉ。わたしとダンナさんとの愛の結晶よぉ』
「ダンナ……だと?」
『うふふふ。アナタ、来てくださるかしらぁ?』
──ズ、ズ、ズ。
それは巨体を引きずるようにして現れた。
森のマナが、ユーリのマナが震える。
「ワーウルフか……いや、なんだありゃ」
狼の顔をしているソレの背中には、鳥の翼のようなものが生えている。体毛はところどころ禿げており、そこから鱗のような皮膚が覗いていた。
『ア……ガ……アア』
その口からは臓腑が腐ったような臭気が漏れている
ユーリはその異形から放たれているマナを知っていた。ユーリは口を覆った。右眼の熱さが、いよいよ抑えられなくなる。
「……ルー! ルー……なのですね。どうして、こんな……」
ルーの変わり果てた姿に、ユーリは愕然とする。そんなユーリを見て、アラクネが声を立てて笑う。
「あなたがルーを……」
『わたしは何もしていないわぁ。うふふふ、そう、魔石よ。アナタが去ったあと、このひとは森で魔石を見つけて飲み込んだのよ。力を得るために。このひとはわたしにも力を分け与えてくれてぇ、それでふたりであの大陸を抜け出したのよぉ。このひとは何とかっていうニンゲンに復讐しようとしたんだけどぉ、返り討ちにあっちゃって。この森で傷を癒しながら、眷属を増やしているのよぉ』
アラクネの子たちも笑っている。
『すごい力よねぇ、これぇ。でも、アナタにつけられた顔のヤケドがどうやっても消せないのぉ。アナタを食べたら消えるかしらねぇ。うふふふふ』
ユーリは大きくため息をした後で、笑った。こんな笑い方をするユーリを、セブンは初めて見た。
「クックック。今度はそんなちっぽけなヤケドのことなんか気にしなくていいぜ。オレ様が跡形もなく消し炭にしてやるからよぉぉぉ!」
ユーリから荒ぶる炎の魔法が放たれる。しかし、アラクネには届かない。
一帯には結界が張られていて、魔法の力を奪う。
張り巡らされているのは結界だけではない。蜘蛛の糸が、至るところに張られている。触れれば動きがとれなくなってしまうだろう。
『さぁ。わたしのかわいい子どもたち。おいしいご飯の時間よぉ! やってしまいなさい!』
その声を聞き、アラクネたちがユーリとセブンに飛びかかってきた。
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