第86話 黒蜘蛛
北。
ユーリは意識をそこに向ける。
広大な森が広がっている。マナに満ちた豊かな森だ。そこにはグレイが言っていた遺跡が存在する。
ルーのマナはそこにある。そして、もう一つ。これは──。
「お。どこか行くのか、ユーリ」
セブンはただならぬ様子のユーリを見つけて、声をかけた。できるだけ、いつもと変わらぬ感じで。
「──セブンさん。私は少しの間、ここを離れます」
「おれも行くぜ。なんかの役に立つかもしれねーぞ」
「いえ、結構です」
「つれねーなー。北の森に行くんだろ。おれもちょいと用事があるのよ、そこの遺跡にな」
「遺跡に?」
遺跡に用事。セブンはその遺跡が何なのかを知っているのだろうか。何があるというのだろうか。
ここでセブンを置いていけば、彼は騒ぎ立て、アレンたちが来てしまう可能性がある。ならば彼ひとりを連れて行った方がマシか。ユーリは少し悩んだ末、セブンと共に行くことを選択した。
「いいでしょう。しかし、そこで見たこと、聞いたことは他に漏らさぬよう」
「おう。おまえも、そこで何が起こっても喋らないでくれよな」
こうしてセブンとユーリは北へと向かうこととなった。
そこで待ち受けるものとは──。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
レムシルの森。
そこには様々な動植物だけでなく、数多くのモンスターの種族が住んでいる。
『おやおや、またニンゲンかい。この間のニンゲンは血のにおいがひどかったけど、お前さんは違うようだね。そっちのは……ニンゲンでもモンスターでもないねえ』
「樹が! 喋った! あ、トレントか」
セブンは思い出した。
樹のモンスター……というより、樹、そのものである。あるいは長い年月生きてきた樹が精霊化したもの。この森のマナが豊かな証拠でもあった。
血のにおいがひどいニンゲン。それはグレイに違いないとユーリは思った。
そしてトレントは言う。
「このところ、森がさわがしくてかなわん。何かよくないことが起きてるねえ。先に進むなら気をつけなされ」
さわがしい。それは単に、この森に人間が出入りしているから、ということではない。ユーリは森の奥より流れてくるマナのざわつきを感じ取っていた。
森が、浸食されている。──悪意に。
「なーんか嫌な視線を感じるな。そこら中から」
セブンは自分たちに向けられているモノに気づいた。わざと、気づかれるように気配をちらつかせている。
「こちらを誘い込む魂胆だな。いくのか」
「ええ。何が起こっても対処は可能です」
「そうだな」
過信しているわけではない。ただ、これだけマナが溢れている森ならば、いくらでもそのマナを借りることができる。ユーリは自身から力があふれ出るのを感じていた。
さて、いつ仕掛けてくるかな。セブンは周囲に意識を集中させた。
さわさわと風が抜けていく。
静かだった。
邪悪な気配を受け、動物たちは姿を消している。
代わりに蟲が現れた。
「毒蟲か。大丈夫か、ユーリ、おれにゃ毒きかねぇけど、骨だし」
「問題ありません」
ユーリが何かぼそぼそとつぶやくと、サァッと蟲たちは去っていった。
「牽制のつもりなのかねぇ。足止めにもなってねぇが」
「……なるほど。森のモンスターたちは命ぜられるがままに仕方なく行動しているだけのようですね。逆らえないのでしょう」
「ははぁ、そういうことか。やべーのは遺跡に住み着いてるボスだけってわけか」
「それはまだわかりません。奥に行くほど、森は変異しているようです」
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るかね」
そして。
──蜘蛛が、出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます