第84話 不穏

 ドワーフの里に、中央都市から冒険者たちがやってきていた。彼らは南の大ギルドに移籍していた、『元』北の大ギルドの冒険者たちだった。

 彼らはソフィのもとを訪れる。


「ソフィ様。すんませんでした!」

「お、おお? ど、どうしたのじゃ一体」

「金に目がくらんだ連中も中にはいますが──おれたちゃ金をいくら積まれても『南』に移籍するつもりなんてなかったんです。でも、どうしてか抗えなくて……たぶん、洗脳魔法の一種を受けたんだと思います」

「……洗脳魔法じゃと?」

 いくら優秀な魔法使いがいたとしても、北の大ギルドの冒険者全員を洗脳できるものだろうか。しかも誰にも気付かれずに? ソフィは腕を組んで考える。


「ソフィ様。今更許してもらえないかもしれませんが、俺たち、ソフィ様のところで冒険者をやりたいんです」

「そうだ。あんたが拾ってくれたから、今のオレたちがある! おねげえします、ソフィ様! もう一度、あんたところで冒険者やらしてくれ。あんたの役にたちてーんだ!」

「お、おぬしら……」


 見限られたわけではなかった。

 ソフィは嬉しくて、涙を溢れさせた。

「うおおおお~ん! おぬしらが戻ってきてくれて、わしは嬉しいぞ! 大歓迎じゃ!」

 歓声を上げる冒険者に囲まれ、ソフィが号泣する。その様子を、クルスが遠くから見ていた。

「……洗脳魔法、か。少し、調べてみる必要がありそうですね」

 クルスは中央都市へと向かった。



 その日以来。


 彼はドワーフの里へと戻ってくることは──なかった。





「久しぶりだな、ここも。ずいぶんと賑やかなところになったな」

 ドワーフの里を見渡し、ゴッツが言った。彼はかつて鍛冶の技術を向上させるため、この里で修行を積んだことがあるという。


 ゴッツは久々にルートの町から中級冒険者が輩出されたことを喜び、アレンたちに祝いの品を届けにやってきていた。

「しかしこれだけ人やモンスターが集まってきて……中央都市の連中に目をつけられてやしないか?」

 ゴッツがアレンに言う。

「そうならないように、クライムさん……西の大ギルドマスターさんたちが根回ししてくれているみたいです」

「ふむ、そうか。まぁ、むしろ追放されてよかったのかもしれんな。中央都市は私利私欲渦巻く魔境だからな」

 ゴッツはそれに嫌気がさして、中央都市を後にしたのだった。


 恨み、妬み。足の引っ張り合い。裏切り。冒険者として上を目指すとき、様々な”障害”が立ちふさがることになる。冒険者が冒険者としていられなくなる、そんな場所。それが中央都市。ゴッツはそう認識していた。


「そういえば、マルグリットさんは連れてこなかったんですか? あ、そうか。ゴッツさんがここに来ている間はギルドから離れられませんよね」

「──マルグリット? 誰だそりゃ」


「え?」


 ゴッツさんが冗談を? そんなわけがない。彼がこんなとぼけ方をしたことは、これまでに一度もない。

「や、やだなあ。ゴッツさんの娘さんのマルグリットさんですよ」

「オレに娘はいないぞ。知ってるだろ? 息子がひとり。今は遠くの大陸で冒険者やってるって」


 そう。そうだ。

 ゴッツさんには娘はいなかった。

 それなのにどうして、娘がいるなんて思ったんだろう。わからない。思い出せない。


 ルートの町のギルドには、ゴッツさんを手伝う女性の姿があった……ような気がするだけ? アレンは混乱した。


 ゴッツはそんなアレンを、ただ不思議そうに見るばかりであった。


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