第81話 大事なことを忘れていた

 キースは【シーフ】系のスキルを発現させていた。【危機感知】でトラップを回避。宝箱に仕掛けられているトラップも難なく解除した。

 ニコルも【レベルアップ】により新たな魔法を発現。状態異常を回復する魔法、そして、いわゆる【ダメージ床】によるダメージを無効化する魔法など、パーティの補助役して成長していた。


 アレンたちがダンジョンに潜る準備に費やした時間は丸一日。

 ドワーフの里には中級冒険者試験をクリアした冒険者たちも来ている。情報はすぐに集まった。必要なアイテムも可能な限り集め、さらに15階層までの地図も入手することができた。


 ダンジョンの攻略はスムーズに行われるはずだった。しかし──。


「ここまで消耗するとはな……」

 初級ダンジョンとはわけが違う。

 骨であるセブンも身体に重さを感じ、思うように動けなくなっていた。

 皆、歩き回り、次々と現れるモンスターと戦い、体力も魔力も消耗しつづけ、限界が近づいていた。

 唯一元気なのは、ブルー。フィーナからもらった謎の杖を振り回しまくり、謎の魔法を放ち続けていた。


「この下の階……5階層に【安全地帯】とやらがあるんだったな。そこまで行くか。それとも一旦引くか。判断はオマエに任せるぜ、アレン」

 キースがぽんと、その肩を叩いた。

「僕が……?」

「パーティにゃリーダが必要だわな。おれもアレンが適任だと思うぜ。少なくともこのメンバーの中なら」

 皆が頷いた。

 僕にできるだろうか。そう悩むよりも、アレンは『挑戦』することにした。

「わかった。5階層まで行こう。【安全地帯】で今日の探索は切り上げよう」

 彼らは下の階層に続く階段を目指した。



 はっ。

 

 ──嫌な予感がする。

 アレンは足を止めた。

 何かがおかしい。何かを見落としている。

 ……しまった。


 やっぱりそうだ。


 どうして忘れてしまっていたんだろう。

 これは非常にまずいことになった。


「どしたの、アレンちゃん」

「エクレール。僕はとても大事なことをわすれていた。大変だ」

「え?」


「──アイリス。方向音痴……だったよね」

「……あーーーっ!!」

 すごく離れた位置にいたアイリスの姿がいつの間にか消えている。


「もー。あんなに離れてるから……。だ、大丈夫っしょ! アイリスのことだから、ダンジョンの壁とか天井ぶっ壊してでも脱出できるって!」

 最初に気づくべきだった。アレンは後悔した。そもそもドワーフの里によく迷わずに来られたものだと、今になって思う。

 アイリスを探すだけの体力は残っていない。エクレールの言うように、大丈夫であることを信じて前進あるのみだった。



 5階層。

 【安全地帯】。それは過去冒険者たちが休息のために【結界】を張った場所だ。外界と遮断されたその空間に入れば、モンスターたちは感知することができなくなる。

 アレンたちはここにキャンプを設営し、休息する。



「ユーリはまだ寝ないの?」

「今日の記録を書いてから休みます」

「……小説のネタになりそう?」

 ユーリはうなずくと、手帳にペンをものすごい勢いで走らせた。

 ユーリの頭の中はどうなっているのだろう。アレンは驚嘆する。彼女は一度に四~五つのまったく違う物語を執筆する。それぞれが独立した物語であり、出てくるキャラクターも異なる。それなのに、どの物語も破綻しない。こうしてメモを書くだけでなく、頭でも整理・記憶している。

「すごいなぁ、ユーリは」

「私など、まだまだです。すごいといえばアレンさん、あなたもすごいと思います。物語になります」

「僕が?」

 ユーリがぱたんと手帳を閉じた。

「私はいつか、あなたを主人公とした物語を書きたいと思っています。それをあなたに最初に読んでもらいたいです」


 僕が、物語に。


「それは楽しみだなぁ」

 アレンが笑う。ユーリもその顔を見て、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

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