第80話 中級冒険者試験と意外な試験官

「中級冒険者──試験!?」

「うむ!」

 ソフィは大きく頷いた。


「本来は中央都市でしか認定試験は受けられんのじゃが、クライムが協力してくれての。試験官立ち合いの元、とあるダンジョンを攻略できれば認定してもらえることになったのじゃ」

「ま、ま、まだ僕たちにははやいのではないでしょうか」

 アレンが小さな声でもごもごと言う。

「能力だけ見れば、おぬしらは中級冒険者かそれ以上の実力をもっておる。自信をもてい! しかし、試験の舞台となるダンジョンは手ごわいぞ!」

「ちなみに中級冒険者になると何かいいことあるのか?」

 と聞くのはやはりセブンだ。

「中央都市で受けられる恩恵が多いくらいじゃな。あとはまぁ、より稼げるクエストが回ってきたりもする」

「ふぅん」

 あんまり大したことねーな、とセブンは思った。

 中央都市から追放された自分たちが受けられる恩恵は少ない。しかし、中級冒険者ともなれば各地のギルドでも軽視されることはないだろう。初級冒険者は山ほどいるが、中級冒険者は『一人前』として認められた冒険者。それだけでも立派な『ステータス』となる。


「せっかくの機会だ。挑戦しよう、アレン」

 キースの後押しもあり、アレンは試験を受けることを決意した。


 試験を受けるのは、冒険者として登録されている、アレン(エクレール)、キース、ニコル、ユーリ、セブン、ブルーの六人。あの日──最初に集った六人だ。


「……わたしはついて行ってはダメか」

「ダメに決まっておるじゃろ……おぬしは中央で冒険者登録されておらんが、特級冒険者並みの権限を与えられておるじゃろ」

 セレナは残念そうに引き下がった。



 次にソフィは試験の舞台となるダンジョンについて『ざっくりと』説明する。

 ここドワーフの里より北西。【ルシオの遺跡】の地下に広大なダンジョンがある。全20階層。そのダンジョンを1週間以内に制覇すること。

 制覇の条件。それは、最下層にいるダンジョンマスターの討伐、そしてダンジョンのどこかにある【新緑の宝玉】を持ち帰る、そのふたつの達成だ。


「ずいぶんと情報がすくねーな。あ、そうか。ダンジョンについて情報を集めるのも試験のうちってやつか」

「セブン、正解じゃ。ダンジョンがどのような構造をしているのか、そしてどのようなモンスターが生息しているのか。数日潜ることを想定してアイテムも揃えなきゃならんじゃろ。おっとこれ以上はわしの口からは言えんのぅ」

 なるほど。総合的な『生き抜く力』が試されるわけか。力任せにどうにかなるというものではない。アレンは気を引き締めた。

「あとひとつだけ。おぬしらの行動を『採点』する試験官がひとり同行することになっておる。制覇の条件を満たしておっても、内容があまりにもお粗末なものであれば不合格になるのじゃ」

「試験官……」

「もちろん、試験官からの助言などはナシじゃ。ただ、おぬしらの行動を監査するのみ。ま、イレギュラーな事態が起きればその時は助けてくれるじゃろうが。はて、そろそろ到着しておってもよいのじゃが」


 もしかして。

 あの、ものすごく遠くでこちらを見ている人だろうか。アレンは気がついた。

「ん? あやつ、なんであんな遠くにいるのじゃ。おおいー! アイリス―!」

「え!? アイリスが……試験官!?」

 アイリスは遠くで何か言っている。


「え? 聞こえん! 近くにこーい!」

「──!!」

「だめだ、全然聞こえん。エクレール、ちょいと連れてきてくれ」

「はいはーい!」

 エクレールがふよふよと飛んでいき、そしてアイリスと言葉を交わす。

 しばらくすると、エクレールだけが戻ってきた。

「試験官だから、遠くで見守るんだって」

「徹底しておるの……しかし遠すぎやせんかのぅ」

 接触は基本原則禁止とはいえ、そこまで徹底しなくともとソフィは思う。しかしある意味ではアイリスらしいとも思うのであった。

「アイリスが試験官なんて……緊張するなぁ」

「アレンをぼこぼこにしたやつだろ、あれ。遠くにいるのにすげー殺気だぜ……」

 セブンはただならぬ視線を感じて震えた。

「こほん。ではただ今より、中級冒険者試験を開始とする! みんな、がんばるのじゃぞー!」

「はい!」


 アイリスは遠くでアレンたちを、いや、アレンを見ていた。

 実はこれまでも何度か、このドワーフの里を訪れているアイリス。しかしアレンに声をかけられずにいた。

 今回、試験官として志願したのも、アレンと話すきっかけをつくるためだったのだが……。


(だめ……話しかけられない。というか近くにいけない。なんで?)

 ずっと探し求めて、ずっと憧れていた冒険者様が、アレンだった。いまだに信じられない気持ちはあるものの、まばゆい光に浮かんでいたシルエットがアレンと重なり、記憶は上書きされていた。

 あれからずっと、アレンのことしか考えていない。このままではだめになってしまう。どうにかしなければ。

(でもなにをどうすればいいの!?)

 アイリスは気持ちだけを焦らせていた。


「……あの試験官、なんか変な動きしてるな」

 悶えているアイリスを見て、キースはぽつりとつぶやいていた。



「アレンっちたち、どこかお出かけするんだってよー」

「へーえ」

「ウチら、このままでいーのかよん。こーんなにのーんびりしちゃって」

 魔王直属四天王。バーバラとオルカ。彼らは今──温泉(女湯)でくつろいでいた。

 かつて冒険者たちからもモンスターたちからも恐れられた彼らは、かつてないほどに堕落していた。怠惰の化身ともいえるだらだらっぷりは、カミラをますます呆れさせた。


 彼らはもちろん、四天王であったことを誰にも告げずに隠していた。モンスターのいち種族として、ここドワーフの里でのんびりスローライフを堪能しているのである。

「な~んでウチら戦ってたんだよん。あんなに必死に。ニンゲンと」

「んだなー。なんでだっけなー」

 そこらへんの記憶も定かではなかった。

 そもそも人間たちと戦うことを反対していたような気さえもしていた。

 やはりこれは何かある。何かあるのだけれど、今は何も考えられなかった。っていうか考える必要ある?


「ごくらくごくらくー」

 バーバラとオルカは温泉にとけていった。



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