第78話 アイリス
「なんともにぎやかだべなー」
離れた位置に四天王たちはいた。
「本当にウチらもお世話になっちゃっていいのかな。正直助かるよん」
ダンジョンも四天王という地位もなくなった彼らは、自然の中で暮らしているのであった。すなわち野宿の日々。いい加減に雨露をしのげるところで暮らしたい彼らなのであった。
「温泉がある場所に行くという。温泉……あれはいいものだ」
「へー。楽しみだよん」
「オラ、うんめえもん食いてえだよ。そういえばカミラっちは?」
「さー。そのうちくるよん。それじゃ出発なんだよん!」
そのカミラは今、ジャンと対峙していた。
「覚悟はできてる。やりなさい」
「……はぁ」
「何その気のない感じ」
「なーんかアホらしくなってくるんだよなー、あいつら見てると。どっと疲れがでてきちまった。いけよ。あいつのところへ」
「いいの? 後悔するわよ」
「おめぇが何かしたら、アレンは悲しむだろうな。それでいいのか」
「絶対いや。アレン様が悲しむことは絶対にしない」
ジャンはまた大きなため息をつく。
「まだその命、あいつに預けておくわ。気がかわらねーうちに行った行った」
「……ありがとう、ジャン」
バケモノがありがとうだってさ。ホント、バカバカしいったらありゃしない。帰って寝るか。ジャンはとぼとぼと歩き出した。
「それ、本当に全部持っていくのかよ」
魔法の荷車に本を大量に乗せているユーリにセブンは声をかけた。
「全部必要な本なのです」
「……ドワーフの里に図書館でも開くつもりか」
「そうですけど何か」
「いや、まぁ、いいんだけれどよ。ん?」
何かがひょっこり見えた。荷台の中、本の隙間に何かいる。
セブンはそれを掴みだした。
「ブルーじゃねぇか」
「──うぅ。ぼく、ぼく……」
「捨てられた、か」
スライムはプルプルと震えている。
「フィーナ、ぼく、もういらないって。利用価値がなくなったから好きにしろって」
ブルーが取り込んでいた魔獣をはがしたからか。それとも……。
「ごめんなさい。ぼく、ぼく……一緒に、連れてってくれないよね」
「おれが許可することじゃねーな。ってか誰の許可もいらねーんじゃねーか。来たいなら来ればいい」
「……ホント!? ぼく、ここにいていいの!?」
「しつけーなー。おいてくぞ」
「セブン、ありがとー」
「うわくっつくな……あ、ひんやりして気持ちいい」
一方。
その頃フィーナは笑っていた。
めっちゃ燃えている。きれいだなー。うーん、やられた!
「あっはっはー! やってくれるねぇ、セブン。まー、ここの研究所が燃えたくらい大したことないけどさー」
まだまだ楽しませてくれそうだなぁ。フィーナは込み上げてくる感情を抑えることができずに、ひたすら笑い続けていた。
「あ」
エクレールは気づいた。
──殺気!
アレンも振り返る。
眉間にしわを寄せているアイリスが、物陰から様子を伺っている。
合わせる顔がないアレンは、どうしていいかわからずに硬直する。アイリスもまた動かない。
駄目だ。ちゃんと謝らなきゃ。アレンが、一歩、一歩と動き出す。
「あ、アイリス」
「……」
アイリスはただ、じっとアレンを見ている。何かを探ろうとしている感じがあった。【鑑定眼】のようだ。
「……やっぱりわたしじゃ見えない。ねえ、アレンさん。巨獣を退けたのは、貴方の力……なのよね」
アレンさん。やはり距離を取っている。もう、あまり関わりたくないのかもしれないなとアレンは思い、少し哀しい気持ちになるのであった。
「えっと……そうみたいなんだけど、あんまり覚えていないんだ」
「覚えていない? そんなわけないでしょ。この期に及んで隠し事するつもり?」
あんなに迷惑をかけたのに? 責めるようなアイリスの口調に、アレンは委縮する。
「アイリス、あんまり怒らないであげて。ワタシにもよくわからないんだけど、あの力を使うと、記憶に障害がでちゃうみたいなの。あんまり頻繁に使うと、身体も壊れちゃうみたいなんだ」
「記憶に──障害?」
「セレナちゃんのマナのおかげで、今回はそこまでひどくなかったけど、やっぱり力を使った時のことは忘れちゃったんだ」
「本当なの?」
本当も何も、覚えていないのだから何とも言えないアレンだった。
その困ったような表情を見て、偽りではないとアイリスは感じた。
強大な力を使うことの代償。あり得ない話ではない。
「ねえ、アレンさん。何でもいいから思い出せない? 昔、誰かを……小さい女の子を助けたこととか」
「え? えっと……」
アレンは思い出そうとする。しかし、思い出せない。そもそもそんな出来事はなかったはず。
「あ……誰かを助ける夢は見たことがあるかも」
「夢?」
夢を見ていた。
夢の中、僕は巨大な何かと対峙していた。
あれは──ドラゴンだ。世界最強のモンスター。
ドラゴンが咆哮すると、大地が、大気が震えた。ドラゴンの鋭い視線が僕の心を貫き、全身を委縮させる。
それでも。僕は折れた剣を握りしめた。そして一歩を踏み出す。
勝てるわけがないのに、どうして僕は立ち向かうのだろう。
そうだ。
僕は思い出した。
立ち向かわなければならない理由があった。
後ろには女の子。
泣いている。怖かっただろう。
守らなければ。この命に代えても。
「そうだ。夢の中で女の子が出てきたような気がする。僕はその子を守ろうとして……」
アイリスは確信した。
自分を救ってくれた、光の力を使う冒険者様。ドラゴンを倒すくらいだからと、勝手に冒険者と思い込んでいただけ。今、現に彼は冒険者ではあるのだけれど、以前は冒険者ではなかった。見つからないわけだ。
最初の──あのダンジョンで見た光は、アレンが放った光だったのだ。彼は光の中でほほ笑む誰かの姿を見たというけれど、それはおそらくこの人自身。記憶が曖昧なのは、力を放った所為。
「あ、あの……アイリス?」
憧れて、追い求めていた存在。会いたくて会いたくて、たまらなかった人。
ずっと探して探して、やっと見つけたと思ったら変な人たちしかいなくて。絶望して、諦めて、もう心も閉ざしてしまったのに、もう忘れようとしたのに。アイリスは激しく混乱した。感情がぐちゃぐちゃになる。
光の冒険者様に会えたらどうするつもりだったっけ。
まずお礼を言わなきゃ。それで、ずっと追いかけてました、憧れていました、貴方のおかげで立派な冒険者になれましたって報告しなきゃ。
でも、今、逆にお礼を言われてる。迷惑をかけてごめんなさいと謝られている。この状況はなに?
「あ、アイリス?」
「あー! もう、ちょっとだまってていますっごくわけわかんない!」
「は、はい」
アイリスはわしゃわしゃと頭をかきむしる。
ってことは何。
わたしは命の恩人で憧れの人を、40歳で冒険者をはじめた残念なおじさんと心の中でけなしたり、守れずに死なせかけたり、ぼこぼこにしたり、殺そうとしたってわけ?
なにそれどんな鬼?
あれ?
どうして、アレンさんを直視できない。年上のおじさんが、どうしてかっこよく見えてくるんだろう。胸がドキドキする。ありえない。
止まっていた感情が、殺していた感情が、時間が激流となって押し寄せてくる。
「わ!? アイリス、顔がすごく赤い……なにこれ! すごい熱!?」
エクレールがアイリスの額をさわって、あまりの熱に手を引っ込めた。
「え? ほ、本当だ! す、すぐ病院に!」
アレンがアイリスのおでこに手を置く。
アイリスは弾けるように──跳んだ。
「だ、大丈夫だから!! 大丈夫だからーーーーー!」
「は、はやい」
アイリスは猛スピードで、そこらへんの冒険者を跳ね飛ばしながら走って行った。
死屍累々。
治療が得意な魔法使いがけが人の対応に追われた。
「ど……どうしたんだろう、アイリス……」
「あんなアイリス、初めて見た。あの熱……きっと、ものすごく体調が悪いんだ。無理してきてくれたんだね。ホント、いつも弱いところ見せないんだから、あの子」
「うん……心配だ。でも……そろそろ行かなきゃ」
アレンたちは新天地へと旅立つ。
ここからまた、新たな冒険の日々が──始まるのであった。
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