第77話 追 放

 ”裁判”は瞬く間に終わった。

 中央議会からアレンの”極刑”を望む声を力技で抑え込んだのは、またもこの人──フレーシアだった。

 ここでも彼女はどういうわけかアレンの擁護に協力的だった。

 少し前。ソフィが新たな女神としてフレーシアを推薦していたことで、彼女の機嫌がすこぶるよかったのも要因のひとつではある。次の大きな要因として、彼女もまたアレンのつくった美容品のファンであるということだった。

 ソフィからルートの町で作られるアイテム、特に美容品関連は素晴らしいと聞いていた彼女は、試しにこっそりと買い付けていた。それが彼女にとって想像以上の品であったがため、その道具屋を経営していたアレンの腕を大きく買っていたのであった。

 そして。今回の事件が起きる前、クライムからアレンが【アイテムクリエイション】のスキルを開花させたということを彼女は聞かされていた。これが決め手となった。


 裁判の前に、その”裏交渉”は行われた。

 アレンの前に現れたフレーシアは、今後も自分のために質の高い美容品を無償で提供すれば悪いようにはしないと約束すると言った。アレンは自分がつくったアイテムが評価されていることを喜び、その提案を快諾した。


 四大ギルドマスターの総意。そして巨獣を『不思議な力』で退けた功績。

 それだけでも中央議会のくだそうとした判決を十分に覆せたのだが、彼らのメンツを完全に潰せば後々面倒なことになる。故に、その『落としどころ』は必要だった。


 フレーシアはアレンの功績を鑑みた上で、北の大ギルドの解散およびメンバーの追放、モンスター居住区の解体が処分としてであると主張した。

 これに中央議会は同意した。結果的に『邪魔者』が排除できれば彼らはそれでよかった。

 


「まぁ、”最悪”が回避できたのです。そう落ち込まないでください」

 クライムは泣きじゃくるソフィに声をかける。言葉にならない返事がかえってくる。

「……僕のせいで……本当に……ごめんなさい」

 アレンもひどく落ち込み、ずっと謝り続けていた。

「それにしてもフレーシアさん。見事でした」

「ふふん、当然ですわ。ってああ、もう鬱陶しい! さっさと支度をしてここから出ていきなさい、ソフィ!」

 フレーシアがしっ、しっと手を払う。

「でも、でもぉおぉ、わしら行く当てがないんじゃー」

 モンスター居住区にいたモンスターたちの新たな住処も探さなければならない。しかしそんな都合のよい場所があるわけがない。


「──いや、あるんだなこれが」

「セブン?」

 そんなところがあるなんて。どこなんだろう、とアレンは思うものの、その頭の中にはある場所が思い浮かんでいた。


「ユズユが話つけてくれたぜ。なんと温泉も復旧したらしいぜあそこ」

「そうか、ドワーフの里!」

「ミノさんたちはもう向かってるぜー。新天地でも大活躍間違いなしだな」

 そんじゃおれも先にいくぜ、温泉にな……とセブンは走って行った。


「本当に……なんてお礼を言っていいのか。ありがとうございます、クライムさん、フレーシアさん」

「いえいえ。大きな貸しが作れてよかったです。これで何かあれば遠慮なく、また貴方の力を借りられます」

「はい。僕にできることがあればなんでも」

「ふふ。言質、取りましたよ?」

 クライムはにやりと笑う。


「約束、わすれないでくださいまし。新作ができたらすぐに送るように!」

「はい。いくつかアイデアがあるので、すぐに形にしてみます」

「それは楽しみですわー! こほん。ソフィ、アレンをウチに頂戴。そうすればみんなまとめて面倒みてさしあげますことよ」

「お断りじゃ」

「……ちっ!」


 アレンとソフィは何度もお礼を言った後で、その場を離れる。



「よぉ、アレン」

都市から出ていくアレンを見送りに、彼らは現れた。

「ジャンさん……」

「へっ。もうそのツラ殴ったからな……これ以上はやめておくわ。せいぜいあがいて、実現して見せろよ、おめぇの理想を」

「……はい。必ず」

 ジャンはどん、とアレンの胸を叩いて、去っていった。


「パパ。もう大丈夫なの?」

「リィンさん、心配かけてごめん。……パパ?」

「あー、あー! すみませんなんでもないです」

 ルーシーがリィンの口を塞いだ。僕とお父さんを間違えて呼んでしまったのかな? まぁ、リィンさんのお父さんより年齢が上っていうからなぁ、僕。とアレンは少し落ち込んだ。

「ねえ。落ち着いたら、ドワーフの里に遊びにいってもい~い?」

「もちろん。ぜひ、来てください」

「やったー! 楽しみ♪ またね、パ」

「あー! あー!! アレンさん、それではまた!」

「きゅう」

 ルーシーがリィンを絞め落として連れていった。意外とパワフルな人だな、とアレンは思った。


「アレン」

「あっ、セレナ。色々と……ありがとう」

「わたしたちは友だちだろう。当然のことをしたまで」

 セレナがじっとアレンを見つめる。視線は唇にあった。

 おぼろげながら、アレンは覚えていた。セレナが『口移し』で、自分のマナを体内に送り込んでくれたことを。アレンの顔が真っ赤に染まった。


 セレナの顔が近づく。

「セーレーナちゃーん! 何さりげなくまたちゅーしようとしてんの! ダメだからね絶対!」

「人間は挨拶代わりにキスをすると聞いた」

「それはほっぺた! 口はダメ!」

「じゃあ、ほっぺたに」

「あーーーー! もーーーーーーー!!!!」

 しかしエクレールの電撃はセレナには当たらず、アレンをしびれさせた。


「わたしも近々、ドワーフの里に顔を出す。そうしたらまた『でぇと』しよう、アレン」

「あ、う、うん」

 セレナがにこやかに去っていった。


 それをじっと、エクレールが睨みつけていた。

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