第75話 アレンVSアイリス

 轟音を立てて地面が抉れる。

 降り注ぐがれきの中、鬼は腕を組んで立っている。その隣には老紳士がいる。


「お嬢様。まずはこのわたくしめが。愚かな甥っ子におしおきをしてきます」

「うん、お願い。って……おいっこ???」

 キリッと決めた表情が崩れる。アイリスは老紳士の方を向いて目を丸くした。

「アレはわたくしの弟の子です。この度はとんだ不始末を……」

「え、え、えぇ~……道理で似てるわけだわ。でも、こんな時に言わなくても。余計にやりづらくなるじゃないのよ」

「ですから、わたくしめが始末をつけます」

「まぁ……無理しないでよね、ローレンス。年なんだから」

 執事ローレンス。アイリスの家に長く仕え、使用人たちをまとめるだけでなく、アイリスの教育を担当してきた者である。


「冒険者になってこの中央都市に来たと聞いていたが──こんな騒ぎを起こすとは。む」

 アレンの姿が消えた。少しだけ遅れて、ローレンスの姿も消える。


「上だ。雷の魔法が使えるのは自分とだけと思ったか?」

 ローレンスは雷の魔法を放ち、アレンの動きの先をゆく。

 鋭い蹴りがアレンに突き刺さる。

「理性を失った獣のようだ。ふむ、それではその牙を抜くとしようか」

 ローレンスはアレンの動きの先を読み、手刀を突き刺す。右腕、左腕、右足、左足。再生しても、何度も何度も突き刺す。

 アレンの頭部を拳が打ち付ける。足元に血だまりが広がっていく。

 逃げようとしてもその先で、拳を打ち付ける。容赦なく、何度も。

 一瞬でも気を抜けば反撃を受ける。だから、冷酷に、冷徹に。動かなくなるまで、手は止めない。

 その凄惨な光景を、アイリスは黙ってみていた。


「心臓を貫かねば止まらぬか──」

 致命傷は避けられ続けている。一方的に攻撃を受けながらも、反撃の隙を伺っているようだ。

「こしゃくな」

 ローレンスは少しだけ笑う。

 しかしまさか、この甥が雷の魔法を発現させるとは。やはり血筋か。

 子を成せなかったローレンスにとって、血が絶えず続いていくことは嬉しいことのように思えた。


「がうっ!」

 突然、背後から獣人が現れた。

 ──レオンが、ローレンスに噛みつこうとした。それを一撃で意識を奪う。

 しまった。そう思った時にはすでに遅かった。


「……お嬢様。申し訳ございません。お役に……立てませんでした」

 ローレンスはアレンの放った雷を受け、仰向けに倒れた。


「家族、だものね。いくら貴方でも、冷徹になりきれなかったってことでしょ。ありがと、ゆっくり休んでて」

 アイリスが動いた。

 自分にあらゆる技を叩きこんだ、鬼のような執事。その彼でも情があった。しかし、自分ならできる。縁はある。恩もある。それでもここで終わらせなければならない。


「いくわよ、アレン」

 雷が奔る。暴風が雷撃を逸らす。白銀のハンマーがアレンに迫る。その姿はそこにない。

 雷がアイリスに直撃する。

「対策はしてきた。効かないわ」

 アイリスの拳がアレンの肋骨を砕く。マナが修復する。また砕く。また回復する。

 ハンマーの風圧を受けただけで、アレンが弾き飛ばされる。

 凄まじい激痛が獣を怯えさせている。そして血を流しすぎたことにより、獣の身体能力は低下していた。


「降り積もれ──【白雪】」

 ハンマーを振り回しながら、アイリスは魔法を詠唱し始める。

 アレンは跳ぶ。しかし、張り巡らせた結界にからめとられ、動けない。

 アイリスのハンマーが振り下ろされる。しかし。アレンの頭を容赦なく打ち砕こうとしたハンマーは、逸れた。

 アイリスの腕に雷の短剣が突き刺さっていた。

「とっさに短剣を投げるなんて、やるわね」

 雷の短剣を抜き、アレンに突き刺す。獣が咆哮する。


「さよなら、アレン。エクレール」

 ハンマーを、振り下ろす。



「──そこまでです、アイリスさん」

 ハンマーが動かない。魔法の力で動きが止められている。

 アイリスは視線だけをそこに向けた。


「貴女。確か、北の大ギルドの」

「ユーリです。アイリスさん、もう、終わりました。それ以上は……」

「終わった?」

 アレンが、ふらりと倒れた。

「んで、こいつを打てばいいんだな」

「はい。ブスッとやっちゃってーとフィーナさんが」

 セブンが注射器のようなものをアレンの首にぶすっと躊躇いなく射した。


「──よかった。殺さなくて、済んだってわけね」

「はい。あなたたちがアレンの動きを止めてくれたおかげで、邪悪なマナを除去することができました」

「……まぁ、ここに来るまでにだいぶ消耗してたみたいだけれどね、その人」

 アレンは本気で殺しにかかってきてはいなかった。彼の中の無意識が、一線を越えようとするのを踏みとどまらせていたのだろう。

「暴れていたモンスターたちもほとんど捕らえられて、このヤバそうな薬で正気に戻っているっつーし。これでこの騒動も一件落着かね」


 一件落着。めでたしめでたし──とはいかないだろう。アイリスは苦い顔をした。


「まだ、終わっていない」

「……ですね」

「おん?」



 ──激しい揺れ。



 地震。いや、それは──

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