第72話 四天王だよ全員集合
事態は深刻化していた。
この混乱の最中に【巨獣】が現れたというのだ。
それは、翼のないドラゴン種とも言える存在。
巨獣は中央都市の南から進行しようとしている。その対処にドラゴンバスターズが向かうこととなった。
これでモンスターたちを『殺さず』捕らえることは難しくなった。中央議会は巨獣出現の混乱に乗じて、各ギルドに『モンスターの討伐』のクエストをオーダーした。
しかし。そのクエストはある人物たちの手により別のオーダーへと書き換えられる。
「フレーシアさんが快諾してくれました。珍しいことがあるものですね」
クライムはいつもの仕草で丸眼鏡の位置を整えると、ソフィに報告した。
「なんじゃと……ひと悶着あるものと思っていたのじゃが。なんだか怖いのぅ」
「この前、女神様が降臨された時に、貴女が『推薦』したからじゃありませんか?」
「ううむ……それにしても……まぁ、よい。あとは東だけじゃな」
「東は問題ありません。ウチの団長がすでに話をつけてくれました」
「なんと。あの荒くれものばかりのギルドを……」
「団長は元、東の大ギルド所属ですからねぇ。それに貴女が支援した北東の居住区に住まう冒険者も多いのですよ。これくらいの面倒は引き受けてくれるでしょう」
もっとも。
それ以前から根回しは進んでいた。
南の大ギルドによる北の大ギルドの『買収』とは違い、西の大ギルドと東の大ギルドは『合併』しようとしていた。
結果、このような事態が起きたときに、それぞれの思想が反発することなく、スムーズに事を進めることができた。
モンスターは殺さず、捕縛。報酬は中央議会が提示してきた倍額。
「……本当に、よいのか。わしのギルド、お金がないのじゃが」
「問題ありません。貴女には何度もお世話になっていることですし。そして今はそんなことを気にしている場合ではありません。とにかく……捕らえたモンスターは居住区に連れていけばよいのですね?」
「うむ。すでにフィーナのところの研究所の連中が待機しておる。じきにフィーナも戻ってくるそうじゃ」
「ふむ……フィーナさん、ですか」
強烈な血のにおいを思い出し、クライムは眉間に少しだけ皺を寄せた。
血なまぐさい戦場を渡り歩いてきた猛者でも、あんなにおいはしない。しかし、役に立つというのであれば、存分に役に立ってもらうだけだった。
「では、私も行ってきます──最前線へ」
いつものように。
クライムは歩き出した。
「ここが中央都市か~! 荒れてんな~! なんか、わくわくすっぞ!」
跳んできたモンスターを殴り飛ばす、蹴り飛ばす。
それは、女型のミノタウロス。
見た目は角の生えただけの細身の女性なのだが、その中身の筋肉は鋼。ミノタウロスは鎧を紙のように引きちぎる筋力を持っているが、彼女はさらに桁違いのパワーを持っている。以前ほどの力が出ないとはいえ、それでも普通のミノタウロスをデコピン一発で仕留められるほどだった。そんな恐るべき腕力から繰り出される『偃月刀』の破壊力はすさまじい。
魔王直属四天王がひとり──【蒼月】のバーバラ。
「ちょっとぉ~! こんなの、聞いてないんだよん!」
目の前のモンスターを魔法の力で弾き飛ばす。四属性の魔法を自在に操り、組み合わせる。
どの属性にも特化していないものの、マナを操る精度は高い。使う魔法も初級~中級程度のものであるが、詠唱なしで連発することができた。複雑な魔法式を簡易化し、それをアイテムに記述し、強力な兵器を創り出すこともできた。纏う装備はすべて魔法。
魔王直属四天王がひとり──【七色】のオルカ。
「これはレイヴン様を探すどころではないな」
喋る声は小さく、喧騒に飲み込まれる。
ひょろりとした痩躯が、ふらりと揺れたかと思うと、近くのモンスターたちは『斬られ』、倒れた。
腕が四本。それぞれの手には剣、刀が握られている。
かつて剣の道を極めようと、修羅の道を歩んだ者がいた。志半ばで倒れるも、その執念が魔を呼び寄せた。魔を取り込み、なおも剣の道をゆく、魔王軍の武人。
魔王直属四天王がひとり──【修羅剣】のベクター。
「あんたたち……どうしてこんなところにいるの」
「……げ」
「あんれ~、カミラっちでねーか! こっちのセリフだー」
吸血鬼の真祖。純血、そして純潔。高貴なる吸血姫。
それは人間の姿をしているものの、人間とはまるで別種。血の力を自在に操る、不死の怪物。生物の頂点たる存在。人間は彼女にとっての
その彼女が今、ひとりの人間のために戦おうとしていた。
魔王直属四天王。その頂上──【レディ・ノスフェラトゥ】カミラ。
「すぐに細切れにしてあげたいところだけど、今はあんたたちに割く力がもったいない。むしろ力を貸しなさい」
「え? え?」
「モンスターたちを殺さずに、捕らえておきなさい。ジョージ、こいつら手伝ってあげて。あんたたち、頼むわよ」
「いやいやいや、四天王様のお手伝いなど畏れ多い……あ、いってしまわれましたぞ」
跳んでいくカミラを、他の四天王としもべのジョージはぽかんとして見送った。
「あれ、カミラっちだべな」
「ウチらでさえゴミを見るような目で見るカミラちゃんが」
「頼む、とな」
今まで一度もそんなことはなかった。
呆れられているのか、諦められているのか、あまり干渉することはなかった。失敗してもそれを咎めて処分されることもなかった。
その彼女が『頼む』、と。これは──しくじれば、確実に殺されるのではないだろうか。全身に走る悪寒。恐怖。震えが止まらない。
「さ、さっきのモンスターたち、死んでないよね?」
「はやく治療するだよ、オルカ!」
「みねうちは得意ではないのだが、仕方あるまい」
四天王たちはここに来て初めて……力を合わせることになるのであった。
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