第71話 フィーナ

 薄闇に浮かぶ、ガイコツ。

 しゃれこうべに表情はないものの、フィーナは様子が違うことに気づいた。


「や、セブン。どしたの、こんなところで。よくワタシの研究所の場所わかったね」

「──よう。おれを二度も殺した女」

 フィーナは目を丸くしたあとで、にっこりと笑った。

「やだなー。殺したのは一度だけだよ。二回目の時はむしろ助けてあげたんだよ」

「まぁ、どっちでもいい」

 セブンは魔剣をフィーナに向ける。


「へぇ! 色々と思い出したんだね! すると本当の名前も思い出したのかな? あ、それはまだかな。【真名】を思い出すときは、ワタシたちがあと半分くらい死んだあとだろうからね! あ、そうそう。ワタシを殺すと、外の事態が収拾できなくなるから、今は殺さない方がいいよ!」

「道化師。何が目的だ」

 フィーナは笑みを崩さない。


「ねえ、セブン。知識を得るってことは楽しいよね!」

「……あ?」

「ワタシね、頭の中……脳におっきな腫瘍があったんだ。それで、何かを覚えたくても記憶できなくてね。勉強が好きだったのに、それができなくなっちゃって。長くも生きられないし、苦しいしつらいし。困っちゃうよねー」

「……それで、【悪魔】と契約し、あいつらと組んでおれを殺したのか」

「そうそう! バラバラにしちゃってごめんねー。それでもワタシは生きたかった。知識欲とか探求心ってやつを満たしたかった」

「自分勝手だな」

「そうだね! でも、人間なんてそんなもんでしょ? 自分の欲を満たすためなら、他の誰かを犠牲にして生きてるじゃん?」

 セブンは悪意のない笑顔をじっと見る。

 こいつには善悪というものがないのだろう。ただ、自分が生きたい、知性を高めたい、そういった”欲”に従っているだけ。自分の欲を満たすためなら、誰を殺しても心が痛まない。


「……何人殺した」

「なんのことかな?」

「おまえが来る前に色々と見て回ったぜ。人体実験してやがったな。それだけじゃなく、モンスターもいたぜ」

「あー、見ちゃったんだー。でもでも、無駄遣いはしてないからね! 死骸はあますことなく全部使ってるんだ! この中央都市に流通している食肉とかー、漢方薬とかー、色々あるんだよ! すごいっしょ!」

「イカレてるぜ、おまえ」

 こいつはここで殺さなけばならない。そうしなければ、こいつ一人のために、大勢が命を弄ばれることになる。


「フィーナをいじめるのなら、いくらセブンでもゆるさないからね!」

 青い液体が、落ちてきた。

 それは、ブルーだった。

「……フィーナ。こいつも、おまえが造ったんだな」

 モンスター居住区のダンジョンにいた、あのゴーレムの中に入っていた『魔導生命体』。あれを見たときから何か引っかかっていた。

「ふふー! いいね、いいね! そうだよ! ブルーは魔導生命体第一号なんだ! ワタシの特別なお気に入り!」

「おまえの左手の小指をくわせて知性を与えたか」

「すごいね! よく見てたね!」


 お茶会。

 フィーナの左手から落ちたのはお菓子などではなく、『小指』だった。つくり物の。

「でも、急激に知性が向上したのは、あのダンジョンで魔獣を食べてからなんだよね。あのまま知性が芽生えなかったら、処分しなきゃだったけど、よかったよかった!」

 ブルーが黒く変色し、あの時の黒いリザードマンの姿に変化する。

「ブルー、戦わなくて大丈夫だよー。セブンは、今はワタシを殺せないから」

「それはどうかな」

「うーん。これ以上ここで時間くわれると、本当にやばいんだよねー。アレンちん殺されちゃうかもねー。困るよねー」

「困るのはおまえだろう。居住区のモンスターを手放さなきゃいけなくなるんだからな」

「あっははー! そうなんだよねー。まいっちゃう、ホント。ここまで苦労してきたのにさー。いっくら時間があっても足りないよ」

「……おまえ、まさか」

「うん、そうそう。んだよねー。ねえセブン。人間って脆いとは思わない? ちょっとしたことですぐ死んじゃう。長生きしたって、100年くらいしか生きられないでしょ? 1000年生きるモンスターとか、他の種族もいるのに、不平等だよねー! だからワタシは、人間という生命体を次のステージに進化させたいんだよ!」

「──不老不死、か」

「うんうん! でも、今のセブンみたいなアンデッドみたいな状態じゃなくてね。昔のアナタみたいな究極的な生命体を目指す。そうすれば無駄に繁殖しなくてもいいし、志半ばで寿命が尽きるなんてこともなくなるし! ワタシもずっとずっと研究が続けられるし、楽しい!! おっと、限られた生があるから人生は輝くもんだろ、とかは言わないでね! もともと不死者であるアナタが言っても説得力ないから! さて、そろそろそこを通してもらってもいいかな」

 黒いリザードマンと化したブルーが、ゆっくりと迫ってくる。


 おれは、いや……おれに戻ってきたこの『不死性』は保険というわけか。セブンは理解した。

 こいつだ。こいつが、おれの『不死性』を奪った者から何らかの手段を用いて、おれに戻したのだ。

 おれの相棒を殺して、9が8に。そして不死性が戻って、7に。あとのひとりはどこかで誰かが倒したか、自滅したか……。


「で、どうするの? 無理やりならセブンをここからどかす方法はあるんだけど、ちょっとした騒ぎになるし、時間がなくなるよ」

「……アレンを、助けられるんだな」

「うん。少なくとも最悪は回避できると思うよ! 暴れているみんなも元に戻せる! セブンが今やらなきゃいけないことは、冒険者たちがモンスターたちを殺さないようにうまく立ち回ることじゃないかな? 逆もそうだけど。ほらほらはやくいかないと。こうしている間にも、誰かが死んじゃうかも! 死者が出たら、ソフィちんの立場がどんどん悪くなるだろーなー。ワタシは死体がいじれるから楽しいけど!!」

「──おまえは殺す。おれが、殺す」

「うんうん。せっかくアナタの魔剣も直してあげたんだから、十分に活用して、ワタシを殺しにきてね! あ」



 ──セブンは、剣で突き刺した。



 黒いリザードマンの姿になったブルーを。

 そして、魔獣の核を抉り出す。すると、ブルーは元のスライムの姿へと戻った。

 セブンは魔剣に、魔獣の核を


 剣に力がみなぎる。

 セブンは混沌渦巻く中央都市に向けて走り出した。

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