第70話 目覚める闘鬼

「ちっ! 馬鹿が……結局、こういうことになるんだ。何が分かり合えるだ、ふざけやがって」

 ジャンはモンスターを殴りつけ、意識を失わせる。

 一瞬、雷が見えた。それはアレンだった。ジャンは彼を睨みつけたが、その姿はすでにそこにはなかった。


「あいつ、ぶん殴ってやる!」

「あ、あのぅ……その」

「なんだぁ!? あ、おめぇはカミラ! おめぇはまだ正気なのか」

 正気じゃなかったら、殺す口実になったのに。何もかもが忌々しい。

「あたちは、これくらいの【黒雪】じゃ影響受けないもの。こんな時にあれなんだけど、その、あたちに力を貸して欲しいのよ」

「あぁ!? ふざけてんのかてめぇ!」

「だって、今のあたちじゃアレンさま止められないの。お願い。あの粉を、あたちに……それで少しは力がでるから」

「はぁ? おめぇ、それでここの人間たちの血を吸って完全復活するつもりか。じょーだんじゃねぇぞ!」

「……力を貸してくれたら、あたち、あんたに殺されてもいい」

 カミラの言葉に、荒ぶるジャンが停止する。


「あたち、まだここに来たばかりだけど、ここのみんなは活き活きとしてた。あたちは考えもしなかった。人間との共存なんて。でも、アレンさまたちとモンスターたちの関係を見たら、何かが変えられると想っちゃったの。あたちも戦いはもう、たくさんなの」

 どいつもこいつも毒されやがって。幻想だ。夢だ。お前たちはアレンのマナの影響を受けて酔っているだけだ。それがわからねぇのか。ジャンは言葉を呑みこんだ。


「てめえが約束を守る保証がどこにあるってんだ」

 そういうと、カミラは胸に自分の手を突き刺した。そしてを取り出した。

「これ、あたちの心臓。あんたが持っていて」

「てめ……え。どうしてだ……どうして、そこまで!」

 こいつらは人間を見下す吸血鬼。虫けら以下としか見ていないというのに。

 アレンのマナの影響を受けているとはいえ、ありえないことだった。


「あたちの夢、思い出したの。あたち、家族が欲しかったの。だから、眷属を増やしてみたりしたけど、全然うまくいかなかった。でも、ここなら、アレンさまとならかなえられると思ったから、だから……」


 ──くそが。

 くそがくそがくそがくそが!


「心臓なんか持ってられるか気持ちわりぃ! しまっとけ! いいか、必ずだぞ! 全部終わったら、オレに殺されにこい! わかったな!」

「……はい! ありがとうございます!」

 カミラが頭を下げた。

 演技でも人間に頭を下げることなんてない吸血鬼が……。その姿がジャンをますます苛立たせたが、これ以上ここで時間はつぶせない。

 ジャンは吸血鬼化の粉末をカミラに渡すと、再び暴走しているモンスターたちに向かっていった。


「──アレンさま。今、助けに行きます」




「えっ! パパが!?」

 リィンが勢いよく立ち上がった。

「リィン……アレンさんはあなたのパパではありませんわ。あなたにはちゃんと本物のパパがいるのですわ……」

 明らかに『症状』が悪化している。ルーシーは頭を抱えた。

「中央からの要請よ。捕縛が難しければ、殺しても構わないと」

 つまりは捕らえた後、死罪にでもするつもりなのだろう。アイリスはそう思った。

「そんなのダメに決まってる! はやく、はやくパパを助けにいかなきゃ」

「落ち着いて、リィン。さっき少し見てきたけど、あれはケモノよ。エクレールも暴走してるし、手がつけられない」

 雷を無効化しなければならない。

 手立てはあるものの、問題はあの速さだ。

 暴れるモンスターたちに呼応するかのように、魔獣も集まってきている。そちらも厄介だった。


「ふむ。手足のひとつでも叩き斬るしかないでござるかな」

 アオイは刀の手入れをしながら言った。

「それで止まってくれればいいけれどね」

 いざとなれば、自分がこの手を汚すしかない。アイリスは思った。

 アレンを想うエクレールたちに恨まれようとも、それを背負う。冷酷に、冷徹に、手を下す。そう、それが本来のわたしだったはずだ。

 アイリスは立ち上がる。深呼吸を一つ。


 白銀の闘鬼は──目覚めた。

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