第13章 狂乱のアレン

第69話 暴走

 最初。を誰も認識することができなかった。

 は黒い雪のように中央都市全域に降り注いでいた。

 はひゅっと、近くにいたモンスターに吸い込まれていった。それが、この混乱の始まりだった。



「──モンスターたちが、暴走!?」

 ダンジョンから戻ってきたアレンたちは、異様な状況に驚愕した。

 居住区内のモンスターが突如として暴れ始め、その鎮圧にドラゴンバスターズが各所に派遣されていた。

 居住区のダンジョンからは魔導生命体たちも抜け出し、都市中で暴れ始めている。 あちらこちらで火の手があがり、冒険者たちは対処に追われている。


「どうにかならんのか、フィーナ! このままでは……」

 モンスター居住区は危険視され、解体されることになりかねない。

 せっかくここまで、モンスターたちとの友好関係を築いてきたというのに。ソフィは焦っていた。

「落ち着いて、ソフィちん。倒れたモンスターから血液採取したところね、魔素がが検出されたんだ。これは、恐らく──とにかく、魔素を打ち消す薬を注入してやれば元通りになるはずだよー」

「その薬は、おぬしの研究所にあるのか?」

「あるよー! ちょっと研究所の人たちに運んでもらってくるね!」

「アレン、ユーリ。すまんが、一緒にいってやってくれんか。ゲイルもクルスもダンジョンに潜ってしまっていておらんのじゃ」

 今、都市へはセブンたちモンスターは連れて行かない方がいい。そのことはアレンにもよくわかっていた。


「ぐるるるるる……」

「……レオン? あっ」

 レオンが唸り声をあげ、どこかへと跳んで行ってしまった。


さらに。

「ブモオォォォオオォ!!」

 いきり立ったミノさんが、柵を破壊しながらどこかへと走って行く姿も見えた。


「急ぎましょう、フィーナさん」

「うん!」


 アレンたちは走り出す。


「アレンさん。宙に漂う、黒いマナの存在を感じますか?」

 走りながら、ユーリが言った。

「……うん、見えた。小さいけれど、すごい嫌な感じだ。まさか、これは」

「おそらく、魔石の欠片です。何者かが意図的にバラ撒いているようです」

「そんなことが……?」

「マナを感じる能力に長けているものには見えていることでしょう。アレンさん、私たちはこれにあまり触れない方がいいかもしれません」


 ──遅かった。


 ユーリは感知が遅れたことを悔やんだ。もっと早くに警告し、彼を隔離すべきだった。


「ユーリちゃん! アレンちゃんがおかしいの! 心が、心が黒く!」

「エクレール。感化されないように、遮断を」

「やだ、やだよ! アタシ、アレンちゃんと離れない!」

「エクレール!」

 エクレールの心も、黒く、黒く染まっていく。


 膨大なマナを内包するアレンにとって、今降り注いでいる魔石の欠片は毒そのもの。清浄なマナが、邪悪なものへと変化してしまった。


 雷が、彼の全身を駆け巡る。黒い雷を身にまとったその姿は──雷獣。

 髪を逆立てたアレンは唸り声をあげると、黒く染まったエクレールと共に宙を駆け巡り、建物を破壊しながら跳んでいった。


「フィーナさん、すみません。私は彼を止めに行きます。そちらは何とかしてください」

「おっけー! まっかせてー!」

 フィーナはその背中を見送り、その後で空を仰ぎ見た。


「あーあ。せっかくイイ感じでサンプル揃ってきていたのに台無しじゃん、もう。これだから老人は嫌なんだよね。老害とはこのことかー」

 フィーナはぎりぎりと歯を鳴らして、走り出した。




「なんだと!? そんなことがあっていいものか!」

 セレナがクライムの胸倉を掴んで持ち上げた。

「落ち着けセレナ。まだ中央の決定に従うと決めたわけじゃない」

 ドラゴンバスターズ団長のオーランドが、セレナの腕を下ろさせた。

「当たり前だ! 我々の対象はドラゴン。この力を人間に向けるとは、あってはならないことだ!」


 まさかセレナが一人の人間にここまで入れ込むとは。オーランドは驚いた。

 しかし彼のおかげで、彼女は変わった。人間に敬意を払うようになり、理解に努めようとしている姿は何だか微笑ましかった。


「中央の連中は今回のこの件を、アレンが扇動したものと決めつけている」

「馬鹿な!」

「ええ、馬鹿げていますとも。おそらくこれは仕組まれたことでしょうね」

「……反対派か」

「もしくは闇ギルドそのものか。彼らは今の中央都市のこの状況をよしとはしていませんからね」

「それで、我々はどうするのだ」

「モンスターを鎮圧しつつ、アレンを捕縛する。中央の連中の手に渡る前にだ。やつらの手に渡れば、死罪は免れないだろう」

「ならば、わたしが出る」

「セレナ、あの黒い粒子はお前にも毒だ。対策を……」

「言われなくてもわかっている! だが、すぐに行かねば!」

 逸るセレナを、クライムが止める。セレナは拳を振りかざそうとして、そこで冷静になった。


「気持ちはわかります。しかし、急がば回れです。貴女の周囲に小規模な結界を張りますので、動かないでください」

「……わかった」

「今のアレンは【雷獣】そのもの。殺さずに捕らえるとすれば、貴女の力が欠かせません。どうか、彼のためにも冷静であってください」


 手を打たなければ。

 最悪を回避するための手を。

 クライムはセレナに結界を張りながら、思考を巡らせるのであった。


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