第67話 想い
「見た目に惑わされるんじゃねーぞ。見た目こそガキんちょだが、そいつは吸血鬼の親玉的存在。しかも魔王の右腕とも言える四天王……その頂点だ」
「──えっ?」
アレンが驚いて、座り込んで動かないカミラを見た。
「そう。あたちを放っておけば、人間たちに牙をむくわ」
「吸血鬼による被害はなくさなきゃならねえ。こいつらは根絶やしにしなきゃならねえ。そうしなきゃ、殺されたオレの両親や、仲間たちが浮かばれねえ」
ジャンの持つ槍が震える。
どれだけ壮絶な人生を送って来たんだろうな……こいつは。
しかし、アレンは槍を離さなかった。
「おい。言っておくが、そいつらと共存なんて考えるなよ。そいつらは人間をエサか奴隷くらいにしかみてねえんだからな」
「……それはやってみなければわからない……と思う」
「おめぇ……本気で言ってるのか」
「僕は、分かり合えると思う。時間はかかるかもしれないけれど、きっと」
ジャンの拳が、アレンの右頬を打ち付けた。雷を放とうとしたエクレールをおれが止める。レオンとセレナ、今はこっちに来ないでくれよ……さすがに三人は止められねー。
「こいつは! 何千何万人と殺した! 多くの血が流れた! どれだけの人間が! 苦しんできたと思ってきているんだ!」
ジャンはアレンを殴る。蹴る。
「そうよ、人間。あたちは生き続ける限り、吸血鬼の真祖。そう、あり続けなければならない。生きる限り、他者の命を奪う存在。その槍の男は正しいことをしようとしている」
「そいつもそう言っているんだ。どけ」
それでも──アレンは動かない。
「償い続けてもらいます。奪うのではなく、救うために……力を尽くしてもらいます。それに……傷ついて、殺しあって……ジャンさんはいつ、救われるんですか。どこかで、終わらせないと……」
「甘っちょろいこと言ってるんじゃねえぞ! オレは、想いを継いだ。オレが救われるとしたら、こいつらを根絶やしにしたその時だ。オレは……オレはな……約束したんだ! あいつらに! 今も夢に出てくるんだよ、あいつらが! 吸血鬼を殺せってな!」
振り下ろされるジャンの拳を、おれは止めた。
「ジャンさんよ、そいつに感情をぶつけても仕方ねーだろ。アレンはこうなったら、死んでもどかねーぞ。アレンを殺したら、おっかねー仲間たちが黙っていないぞ。あんた、そこの吸血鬼と同じ、憎しみの連鎖を生み出すつもりかよ?」
「……同じ? オレが、こいつと?」
「おまえにゃ大事なものがあった。それを理不尽な暴力に奪われた。アレンにも大事なものがある。大事に想ってくれる存在がある。それなら、それがどういうことか、わかるだろ?」
動くなよ、おまえら。頼むから。
心臓……はないんだけれども、心臓を突き刺すような殺気が降り注がれてきている。レオンとエレナが、少し離れた位置で恐ろしい顔をしている。今にも飛び込んできそうだった。
「……ちっ。こんなことならオレ一人でくるんだったぜ。今は引いてやる。ただし条件がある。いつでもオレがそいつを殺せるように、中央都市のモンスター居住区で管理しておけ。逃がすなよ」
ジャンが槍を引いた。
「納得したわけじゃねえからな。そいつは殺す。必ず殺す。順番が変わっただけだ。オレは、帰る」
「……すまねえな、ジャンさんよ」
「セブン……ここはおめぇの顔に免じてやるよ。なんか、おめぇもオレと同類っぽいからな」
「そうなのかもしれねえ。またな」
ジャンは振り返らずに、跳んでいった。
「我が友アレン。大丈夫か」
「アレンー! いたそう。なめてあげる」
「あ、わ、レオン? だ、大丈夫だから、これくらい……」
レオンが三人に囲まれて揉みくちゃにされている。相変わらず大変そうだなあ。
「あのひと……馬鹿なの? どうしてあたちを助けたりするのよ」
「あいつは“マナに愛される者”だ。どちらかというとこっち側なのさ。それにおまえ、まだ助かったわけじゃねぇぞ。その血」
破魔の槍で貫かれたんだ。その命はいつ尽きてもおかしくない。
「セブン……どうすればいい。どうすれば、彼女を助けられる」
「助けるだけなら簡単だ。血をくれてやればいい。アレンの血なら、効果抜群だろうよ」
「……血を?」
「直接吸われたりしなきゃ眷属にされることもねぇだろうが……いいんだな。本当に助けるんだな」
アレンは頷く。
一応、エクレールたち三人娘にも目をやるものの、アレンの決定には全面的に従うといった感じだ。というか、アレンの方しかみてねぇなこいつら。
「……こんな馬鹿な人間がいたなんて……わかりあえるはず……ないじゃないの」
「そうか? でも、あいつら見て見ろよ。雷の精霊に、エルフの姫さんに、犬の……なんだっけ。とにかく、そんなよくわかんねーやつらにあんだけ好かれているんだぜ。あいつを中心に、一つになってんだ。可能性はあるだろ」
「……まぁ、生かされるんだったら、従うわ。しばらくはね」
「とりあえずそれでいいんじゃねーか? アレン、ちょっと血を失礼するぜ」
おれはアレンの口端から流れる血を指ですくいとった。
「ほらよ」
「……なんか骨の指しゃぶるの嫌ね」
「文句いうんじゃねーよ。直になめとったりしたらそれこそあいつらに殺されるぞおまえ」
カミラはしぶしぶ、おれの指についた血をなめる。
瞬間。カミラは、エクレールの電撃をくらったような顔をした。
「なにこれ、なにこれぇ!? うそでしょこれ? ま、まさか! こ、これこそあたちが求めていた至高の血!?」
え。なにそれ。そんなにおいしいの、アレンの血。
「あ……血のにおいでのぼせそう。これ、しゅごいぃぃ」
「お、おい。変な顔してアレンに近づくんじゃねー」
「す、吸わないから近くでにおいだけでも……」
「ダメだ。言うこと聞かないと、ジャンに引き渡すぞ、遠慮なく。いい想いしてーんなら、ちゃんと言うこと聞くんだな」
「しょ、しょんなぁぁぁぁぁ」
ああ。また一人、厄介なやつがアレンの虜になっちまった。
──あれ?
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