第64話 吸血姫の城
でっかい城だ。
中央都市からそう離れていないところに、こんなでけえ城があったなんてなー。
「結界のチカラが弱まって、姿を現したんだろうな。こいつぁ……かなり危険なニオイがするぜ」
と、ジャンが言った。確かにやべーにおいはぷんぷんするが……どうも、おれの記憶にあるカミラの城の姿と重ならないんだよな。アレが比べ物にならないくらいに巨大だったような気がするんだが。
「ここ、やなにおいがする。鼻が曲がる」
レオンがおえっと言った。犬っころは鼻がいいからな。確かに嫌な気とは別に、何かの腐ったような臭いが漂ってきている。まぁ、死者と死霊の城だ。何がでてきても不思議じゃない。
──城門は開かれている。
おれたちは遠慮なく、カミラの城へと踏み込んだ。
「って、協調性のないやつらだなー。みんな、どこ行った」
「すげぇ速さで走って行ったな。まぁ、あのエルフの姫さんがいるんだ。大丈夫だろ」
おれとジャンのキャラかぶりの二人だけが共に行動している。
しっかし……レオンはともかくとして、あのエルフの姫さんまで必死だったな。人間嫌いって話だったのになあ。
「ところでジャンさんよ。吸血鬼の真祖に勝てる見込みはあるのか」
「本来の力を取り戻していたら勝ち目はねえな。吸血鬼の真祖は別次元の生き物だ。しかし……まだ弱っているならやりようがあるさ」
四天王カミラ。モンスターたちの憧れ。もっとも魔王に近い存在。そんなヤツとやりあうことになるなんてな。
ひたり。ひたり。
長い廊下の奥から、何かがやってくる。
モンスターか、死霊か、それとも。
「って、おめぇ何鎧脱いでるんだよ」
「いやあ。ここなら暑苦しい鎧着てなくても不自然じゃなくていいかなって」
「ってかおめぇ、ガイコツのモンスターだったのかよ」
「そういや自己紹介してなかったな。おれ、セブン。見ての通り骨だ」
「そのようだな」
こいつはあんまり驚かないな。こういった変なモノの類には慣れているってわけか。
気配が、消えた。
ひたり。
後ろか!
おれは、ゆっくりと、振り向いた。
「ぎゃあああぁぁぁ! おばけー!!!」
「うわびっくりした」
大きな声におれたちびっくり。
現れたのは半透明の、女の幽霊だった。
「うえええぇえん! こわいよ、こわいよー!」
「泣くな泣くな。ここ、おばけやしきみてーなもんだろ。なのに怖いのか?」
「わたし、ここに迷い込んだだけなのにー!」
あー。ここは幽霊的なやつを引き寄せるんだったっけか。で、そいつらをしもべにしているとかいう話もあったっけかな。
「おれ、セブン! こっちはジャン! よろしくな!」
「あ? え? は、はい。よろしくお願いします。わたし、メリッサです」
「そうか。ところでメリッサ。ここに人間が連れてこられなかったか?」
「人間……あ。そういえば、小さいおじいさんが、この奥の曲がり角らへんの部屋に、男の人を案内していました」
アレンに違いない。
おれたちはメリッサに城の入り口の場所を教えてあげた後で、先へ進んだ。
ぐるん。
視界が、回転した。廊下が上下反転した!?
廊下そのものも長く伸びて、先が見えなくなった。これは──。
「おやおやおやおや。ここまで来てしまったのですな。あなたさま方みな、カミラ様のしもべとなるとよいのですぞ」
あの蝙蝠じじいがいた。
「一応聞くが、しもべになると何かいいことあるのか?」
「衣食住が保証されるだけで、特にありませんぞ」
「じゃあお断りだな」
おれは剣を向ける。ジャンも槍を構える。
「魔剣に、破魔の槍。とんでもない武器をお持ちで」
空間がまわる。蝙蝠じじいの姿は遥か遠くにいってしまう。
「ほっほっほ。このエリアはわたくしめの意のまま。自由自在に動かせるのですぞ」
フォークとかナイフとか、何かとがったものが飛んでくる。
「やれやれ。面倒だな」
おれは走る。廊下が横に回転し、おれは転がる。
ジャンは跳ぶ。天井が反転し、床に打ちつけられる。
どう動こうとも、蝙蝠じじいには近づけない。
「無駄ですぞ。そういうことですので、そろそろお引き取りいただけますかな」
「そういうわけにはいかんのよ、こっちは」
しかしこれだけぐるぐる回されると、打つ手がないな。
「セブン。オレは上から攻める。あんたは下から攻めてくれ」
上から? 下から? もはやどっちがどうだかよくわからんけど、わかったぜ。
ジャンが跳躍した。人間離れした脚力だな……いや、足に魔力を込めて強化したのか。
「無駄ですぞ。そらそらー!」
視界が回転する。ジャンがべしゃりと床、いや天井に落ちたが、すぐにまた跳んだ。おれはそれを見て、走った。
「む? む? こう……でどうですかな?」
左右が回転する。ジャンは宙で体勢を整え、足元に放ったマナを『蹴った』。空中二段ジャンプ……あんなこともできんだなー。
転がっていたおれもすぐに走り出す。
「あれ? こ、こうですかな?」
視界がぐるりと回る。
ジャンはまた跳んだ。跳び回る跳び回る。上に下に右に左に斜めに。あ、もうあんなところにいる。わけがわかんねー。
それはあの蝙蝠じいさんも同じようだった。
おれの目の前に、蝙蝠じいさんが現れた。
「あら、あらら?」
「おっす。しばらく寝てろ、じいさん」
おれはガツン、と剣の柄でじいさんを殴った。じいさんが意識を失うと、廊下は元通りとなる。
「やるじゃねーか、ジャンさんよ」
「ま、ひとりならどうにもならなかったけどな。反射神経がすげぇ鈍いじーさんで助かったぜ」
そうは言うが、あの身体能力の高さがなければ成せることではなかっただろう。さすがは上級冒険者ってところか。
とにもかくにも、おれたちはやっと、アレンのいる場所までたどり着くのであった。
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