第60話 一件落着

 雰囲気が重たい。


 町はすっかり活気を取り戻したのに、ここだけ暗い。心なしか、ゴルドさんの鎧の輝きもしゅんとしてしまっているような気がする。

 ゴルドさんとメイナードさんはアオイさんに正座させられている。そして始まるお説教。


「貴殿ら、情けないとは思わないのでござるか。このアレン殿は初級冒険者にも関わらず最後まで戦ったと言うではないか……。それなのに、上級冒険者の貴殿らが真っ先に逃げ出すとは……【高位】である光の魔法が使えるから期待していたというのに、よもや使い物にならんとは。この雑魚どもが……」

「あ、あの、アオイさん……そこらへんで。とにかく皆さんのおかげで、ルートの町は救われました。本当にありがとうございます!」

 僕はテーブルを囲んで暗い表情で沈んでいるみんなにお辞儀をした。

 みんなの表情は変わらない。空気が重たい。


「情けないのはわたしたちもよ。未熟にも程があったわ。しばらくの間、ドラゴンバスターズのところで修行しなおそうかしら」

 そう言って、アイリスが下唇を噛んだ。

 皆には、セレナさんとドラゴンバスターズのみんなが、あの巨大な魔獣を倒したということにしてあった。そもそも何が起きたのか僕には説明できないし、セレナさんもユーリもエクレールも詳しくは教えてくれなかった。


「おじさ……ううん、アレンさま。あなたがいなかったら、あたしの腕は元通りに戻らなかったと聞きました。それどころか……命も……」

 リィンさんは泣きながら僕に言った。かなりのショックを受けていたみたいだけれど、ちゃんと腕が元通りになってよかった。


「僕は何も……たまたまよく効く回復薬を持っていただけだし……」

「かなり貴重な回復薬だったのでは? あんな回復効果を持つ薬、見たことありませんもの」

 ルーシーさんがまだしゃべろうとするのを、セレナさんが鋭い視線で制した。上下関係がはっきりとしていてすごい。


「……あたし、結構ひどいこと言ったのに……そんな貴重な薬を使ってくれるなんて……」

「おっと、リィン、それ以上はやめておけ。おめぇ、優しくされるとすぐにコロっといっちまうもんな」

「ジャン……黙っててくんない? あたし、すっごく反省してるから、ぱ……アレンさまにちゃんとお礼を伝えたいだけなんだけど」

「ほらまた! あーあ、しーらねえぞこれ」

 よくわからないけれど、ジャンさんが哀れんだような目で僕を見てくる。

「邪魔が入ったけど、アレンさま。本当にありがとうございました。この御恩は、近いうちに必ず返します」

「そんな……お礼だなんて。リィンさんが無事でよかったです」

「……アレンさま」

 僕はべちっとエクレールに頭を叩かれた。なんで?


「反省会はここらにして中央に帰ろうぜ。事後処理は西の大ギルドマスターがやってくれるってんだろ? オレたちはさっさと帰って報告だ」

 ジャンさんがパンパンと手を叩き、みんなは立ち上がった。

 ゴルドさんとメイナードさんは、アオイさんに首根っこを掴まれて持ち上げられる。


「拙者も修業不足でござった。この者たちを鍛え直すついでに、さらなる鍛錬に身を投じることにするでござる。アレン殿、貴殿はまだ弱い。しかし、見事な武士もののふでござった。また会おう!」

 アオイさんは豪快に笑うと、ゴルドさんとメイナードさんをお手玉しながら歩いて行った。


「おめぇも行くんだよ。はやく行け、リィン」

「ジャン、うっさい、死ね」

「うお……やべー。スイッチ入ってんなこれ。おい、アレンとやら。気をつけろよ……できる限り、あの女との接触は避けろ。いいな」

 ジャンさんが僕にだけ聞こえるような声でそんなことを言った。

「アレンさま。それではまた」

 リィンさんは僕の手をぎゅっと握ってから、そしてジャンさんを蹴飛ばして外に出ていった。その後を、怒りながらジャンさんが追う。


 アイリスはものすごく大きなため息をついた。

「あの人たちをまとめるの、大変そうだね」

「……ホント、疲れちゃう」

「アイリスが言っていた、光の冒険者さんも……なんというか、ちょっと特殊だったね」

 個性的というかなんと言うか。


「……ねぇ、アレン」

「うん?」

「わたし、気絶している時に、夢を見たわ」

「夢?」

「光の冒険者様が、わたしに向かってほほ笑んでいた。大丈夫だよって声をかけてくれた。わたしが探していた冒険者様は……あの二人じゃなかった」

 まだ……光の力を使う冒険者がいるのだろうか。

 光……? なにか思い出しそうな。ダメだ。ゴルドさんのあの金ぴかの鎧しか思い浮かばなくなってしまった。あれは強烈なインパクトだ。夢に出てきそうだなぁ。


「ねえアレン。本当は、みんなを助けてくれたのは光の冒険者様じゃないの? お願い、知っていることがあれば教えて」

 知っていることがあれば教えてあげたい。けれど、僕にはわからなかった。


「おい、アイリス! はやく来い! 早くいかないとリィンがやべぇ!」

「ふぅ……わかった。それじゃ、またね。アレン」


 みんないなくなって、静かになった。

 

 入れ替わるようにゴッツさん、マルグリットさんがやってきた。

「あれ? クライムさんは」

「一足先に、ドラゴンバスターズと他の冒険者連れて飛翔船に乗って戻っていったぞ。なんか、お前さんの名を叫んでいる女がいたが、ありゃなんだ?」

 シータさんだ。間違いなく。

「アレンさん、モテるんだもんね~」

 なぜかマルグリットさんは頬を膨らませている。


「今回は皆に世話になっちまったな。しかし、いい教訓になった。今後は町の防衛施設を強化せねばなぁ。それはそれとして。アレン、礼を言うぞ。お前さんが活躍してくれたから、この町は被害を受けずに済んだ」

「いえ。ウチの道具屋も無事でよかったです」

 なんでも今回、冒険者の皆にアイテムを提供してくれていたのは、僕の実家の道具屋だったらしい。こういった時に役に立てて、道具屋を続けてきていてよかったと思う。


「親父さんに会わなくていいのか?」

「はい。ここにはいつでも帰ってこれますから」

「そうか。そうだな。そうだ、お前さんにゃ、何か報酬をやらんといかんな」

「そんな! 僕に報酬をくれるくらいなら、それを町の復興に使ってください」

 そういうと、ゴッツさんは豪快に笑う。

「変わらんな、そういうところは。今回はその言葉に甘えるとしよう。アレン、何かあれば次はオレたちがお前さんを助ける。何があってもだ」

「ありがとうございます。ゴッツさん」

 僕は少しだけ、二人と雑談を交わした後で、ギルドから出た。


「おぉーい、アレン。ユーリが本屋からうごかねーんだ。レオンもここの名物のなんとか焼きってやつの屋台からうごかねーし。なんとかしてくれー!」

 セブンが僕の姿を見つけて跳んできた。



 僕は戻っていく。僕の日常へ。


 次なる冒険が、待っている。



 僕はまた、歩き出した。前へ。前へ。



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