冒険者はじめました

第５８話 光あれ

　傷だらけになりながらも、みんな無事だった。

「うぐ……ぼ、ぼくの【光の盾】がなければ危ないところだったね、みんな！　今、治療するからね！　【ヒールライト】！　……あ、あれ？　魔法の力が……吸い取られていく！？」

　金ぴかのゴルドさんが放った魔法は、魔獣に吸い込まれていった。

「物理攻撃しかないというわけでござるな。拙者の出番でござるな。面白くなってきたでござる！」

　アオイさんが刀を構える。特級冒険者レベルというだけあって、この人もものすごい。僕はしっかりと見た。この人が、魔獣から放たれた衝撃波を『斬った』ところを。だから、彼女だけ無傷だった。

「ゴルド殿、メイナード殿。アイリスとジャンを連れて後退するでござる。拙者の真の力、みせつけてやるでござるよ」

「くっ……アオイ。回復するまで任せたわよ」

　傷だらけのアイリスさんたちは後退し、回復薬で治療を始めた。

「真・月・斬！」

　アオイさんが目にもとまらぬ速さの斬撃を繰り出す。

　瞬く間に、巨体の魔獣が削られて小さくなっていく。

「演武──真髄」

　まるで『舞い』だ。流れるような所作。舞うたびに、魔獣がさらに斬り刻まれていく。

　すごい。一人でも勝ってしまいそうだ。これなら……。

　そんな僕の期待は儚いものだった。

「馬鹿な。拙者の刀、技が……通らなく……？」

　魔獣の身体は再生し、硬質化したようだった。アオイさんが放った剣撃は、甲羅のような体表に弾かれてしまう。

「まだまだぁ！　ならば鉄をも切り裂く剣（わざ）……【斬鉄】ッ！」

「アオイ！　だめっ！」

　広範囲の衝撃波が放たれた。今度は連続で。

　アオイさんは衝撃波を斬ったものの、四方八方から飛んできた、鋼の鞭みたいな魔獣の触手に叩き落されてしまった。

　意識を失ったアオイさんが、地面に転がる。

「ば、ば、バケモノだ……こんなやつに勝てるわけがない！！！　に、にげ……逃げよう！」

「同意する。ひとまず退却し、体勢を整えよう」

「あ、てめーら！　……ちっ、行っちまいやがった」

　光の力を使える、ゴルドさんとメイナードさんが戦線離脱してしまった。僕たちを置いて……。

　それも、無理もないと思う。僕も逃げ出したい。震えが止まらない。どう立ち向かえばいいのか、わからない。

「アレン……あなたたちも退きなさい。ここまでよ。後退する。わたしとジャンが時間を稼ぐから、その間に」

　アイリスが傷の痛みに顔を歪めている。

　これ以上は、無茶だ。時間を稼ぐといったものの、あの状態じゃ……。

「……アレン。あの時の、光の魔法を放つ。どうか、力を貸して欲しい」

「セレナさん……でも、僕は、あの時のこと覚えていないんです」

「大丈夫だ。わたしが覚えている。できる限り、補助をする。目を閉じ、深呼吸を」

　僕はセレナさんの言う通り、目を閉じて、大きく息をする。何かが、何かが見えてくる。あれは──あの光は？

「セレナちゃん、アレンちゃんに何をさせるの！？　だめ、この力はだめ！」

「大丈夫。わたしが制御をする」

「──なるほど。この力は……わかりました。では私はマナの流れを整えましょう」

「助かる」

　エクレール、セレナさん、ユーリの声が聞こえる。それもやがて聞こえなくなる。

　静かだ。

　もう、何の音も聞こえない。

　ああ。

　暗いな。

　寒いな。

　ここには誰もいない。

　苦しい。

　つらい。

　何もかも投げ出してしまいたい。

　諦めてしまいたい。

　ああ。アイリスが、黒い力に弾かれて、倒れてしまった。ジャンさんも、やられてしまったみたいだ。僕はぼんやりと、それを感じた。

　もう、駄目だ。あれには勝てない。諦めるしかない。

「本当に？　諦めちゃうの？」

　子供。子供がいる。

　この子は……子供の頃の、僕？

「冒険者になる夢を、諦めちゃうの？」

「……安心して。キミは、冒険者になれる。なれるんだよ」

「本当に？」

「ああ。僕は、諦めなかった」

　そうだ。諦めなかった。

　僕は──何度でも、立ち上がる。苦しくても、悔しくても、明日の光を見るために、戦う。戦え。命を、魂を燃やして。例え自分の無力さに打ちひしがれようとも。情けなさに眠れぬ夜が訪れようとも。僕は、前を向き、歩き続ける。それが、僕の誓い。

　──光が、見えた。僕はそこに向かって、歩く。

　子供の頃の小さな僕も言う。

「幾度の夜を超え、僕は歩き続ける。前へ。ただ前へ。その先の、光を信じて。光を掴むため。僕は征く。それは希望の光。絶望を祓う、まばゆき光」

「「この世界に──光、あれ─（Fiat lux）─」」

　僕と、僕の声が重なった。

　──

　──。