第57話 災厄化する魔獣

 ──ダンジョンは変異していた。


 至るところから黒い水晶が突き出している。

 身体が重たい。息苦しい。冷気が肌を刺してくる。


「アレンちゃん。本当に行くのね」

「……うん」

「わかった。大丈夫よ。アタシとアレンちゃんは一心同体。どこまでもついていくからね」

「いつもありがとう、エクレール」

 僕はエクレールに心から感謝している。

 エクレールと一緒だから、僕はここまで頑張ってこれたんだ。


 ──辺りに、魔獣たちの気配はない。アイリスたちが食い止めてくれているんだ。けれど、他の冒険者たちが戻って来る様子もない。

 しばらく進むと、力尽き、倒れた冒険者たちの姿があった。すでに息はなかった。


 僕は下の階層までやってきた。アイリスと僕が、魔石を目撃したあの場所だ。そこに、誰かの姿が見えた。


「痛い……痛いっ! いやああぁっ! あたしの腕が!! 腕が!!」

「リィン、落ち着いて! ああ……このままでは……」

 パニック状態のリィンさんを、ハーフエルフのルーシーさんが抱きかかえている。

 

 ──リィンさんの右腕が、ない。いや、ルーシーさんが『持っている』。

 血まみれで、リィンさんは泣き叫んでいる。出血がひどい。ルーシーさんは回復魔法をかけているようだけれど、うまくいかないみたいだ。ユーリが言っていたように、魔素が影響しているのだろか。


 僕はカバンから薬を出した。

「ルーシーさん、そのままリィンさんを抑えていてください」

「あ、あなたは……は、はい……わかりましたわ」

 僕は死人のように青白くなっているリィンさんに、その薬を飲ませた。すると、ガクリと意識を失った。

「こ、これはなんですの? リィンに何を……」

「眠ってもらっただけです。ショック状態が長く続くと危ないですから。ルーシーさん、リィンさんの腕を」

「は、はい」

 僕はカバンから次の薬を取り出し、リィンさんの右腕の傷口に液体をかけた。そして『くっつける』。


「う、腕が……?」

「たぶん、出血もこれで止まると思います。でも、うまく神経がつながるかどうかは……わかりません。地上に戻って、早急に治療を受けてください」

「わ、わかりましたわ。ありがとうございます!」

 ルーシーさんはリィンさんを背負い、走って行った。

 ……上級冒険者の二人が、あそこまで……。僕は先を急いだ。




 巨大な黒い何かと、アイリスたちは戦っていた。周囲には無数の魔獣。

「はっはー! ぼくの光の魔法の前に敵はいない! キミの光より僕の輝きの方が上なのさー! 穿て【ライトニング】!」

 あれは、あの金ピカの光はゴルドさんか。

 そしてもう一つ、光が。

「競い合うつもりはないが、その程度とは残念だな。【シャイニング】!」

 まばゆい光が、魔獣たちを焼いていく。


「ふむ。あれが東の大ギルドの【シャイニング・ウィザード】……メイナード殿か。どちらも大したことないな」

 そう言って刀を振るうのは、サムライのアオイさんだ。

 アイリスの言っていた、『光の力を使う冒険者』が、この場に二人揃っているのか。


「まったくだぜ。目がちかちかするだけだ、あんなもの。魔素の影響で初級魔法より威力ねーじゃねーかよ。しっかしこのバケモノたち、無限に湧き出てくるな! キリがねーぞ!」

 青い髪を逆立たせたこの人も、アイリスのパーティメンバーの一員だ。槍を繰り出し、魔獣たちを貫いていく。すごい威力だ。


「ジャン。弱音を吐く暇があったらもっと頑張ることね。無限なんかじゃない、勢いは弱まっているわ。ここで少しでも削らなきゃ」

 アイリスが白銀のハンマーで、巨大な黒い何かから伸びてきた触手みたいなものを叩き潰している。


「アイリス……大丈夫!?」

「アレン!? ど、どうしてここに」

「目を逸らすな下等……ごほん。ニンゲン」

 セレナさんがソードを放ち、黒い触手を貫いた。

「なんで来ちゃったの!? こいつ相手に、守ってあげる余裕なんてないわよ!」

「ニンゲン。アレンは貴様に守ってもらわずとも戦える勇士だぞ」

「何よエルフ……ここまでずっと喋らなかったのに。とにかく、わたしたちは大丈夫だから! このまま削りながら後退する!」

 アイリスは果敢に攻めていく。魔獣たちが弾け飛んでは霧散していく。

 これが、本来のアイリスの力なのか。強い……。


「アレン。あなたが来てくれて心強い。あの巨大な魔獣は、魔石そのものだ。いや……すでに【災厄】になりかけている」

「災厄……!?」

 セレナさんは頷く。

「非常に危険な状態ですね」

「──ユーリ!? ついてきたの!?」

 後ろからの声に、僕はびっくりして振り向いた。

「この程度の魔素であれば、私なら抑え込めます。アレは何としてもここで始末しなければなりません。地上に出た瞬間、瘴気をばらまき、一帯の生物を死滅させる【災厄】となるでしょう」

 死滅……。何としてもそれは回避しなくてはならない。

 ここで、あの巨大な魔獣を倒す。僕たちに、できるだろうか。



「やべえっ! みんな、離れろっ!」

 青い髪の冒険者、ジャンさんが叫んだ。


 

 衝撃波が、通り抜けていく。

 少し離れていた僕たちは直撃を避けることができた。

 けれど、魔獣の近くにいたアイリスたちは──。

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