第46話 覚   醒

『ちっ、役立たずどもが。せっかくエルフっていう大御馳走がやってきたのに、このザマかい。アタイが直接、八つ裂きにしてやるよ』


 黒い──アルラウネ。


 人型……女性の姿をした、植物のモンスターだ。

 毒々しい色の葉や花を裸体にまとい、至るところからツタのようなものが生えて出てきている。それらは生き物の触手のようにうねうねと蠢いていた。


「……むこうからやってきてくれるとはな。下等種、あれが魔石の核だ。魔石を取り込んだモンスターのなれ果て──それが、魔獣という存在だ」


 あの黒いドラゴンと同じだ。肌を刺すような鋭い気配が放たれているようだった。

 

『ほーう。そっちのニンゲンも、マナが芳醇みたいだねえ。うまそうだ』

 アルラウネのツタが伸びてくる。

 僕はそれを雷の短剣で斬り飛ばした。しかしツタはすぐに再生してしまう。


「恐れるな下等種。あのレッドドラゴンと比べれば大したことあるまい」

 それとこれはまた別物だと思うのだけれど……セレナさんは怯まなかった。さっきまであんなに弱っていたのに……凛として、アルラウネと向かい合っている。


『レッドドラゴン? あぁ、アンタ……レッドドラゴンに住処燃やされたっていう、あのエルフの姫か! くくく……あははは! ずいぶん落ちぶれたもんだねえ、姫さま』

「貴様……っ!」

『泣き叫ぶ同胞を、森を見捨て、ひとり泣きながら逃げたんだってねえ! あっはは! とんだ笑い話だ』


 セレナさんが剣を放つ前に、僕が雷の矢を撃った。

「それ以上、喋るなっ!」

 アルラウネの言葉はただただ、不快だった。声色、響き、すべてが邪悪を含んでいる。こちらの感情を昂らせて、冷静さを奪う魂胆なのだろう。怒り、憎しみといった感情が勝手に沸いてくる。相手の思うつぼにはまるのは、僕一人でいい。

 セレナさんは感情を止められない僕を見て、冷静さを取り戻したようだった。


「下等種。やつの胸のあたりに黒い光が見えるだろう。アレが核だ。一気にカタをつけるぞ」

「はい! 僕は補助に回ります。セレナさんは攻撃に徹してください」

「わかった。そうするとしよう」


『あっはははっ! おーこわいこわい。ほらほら、アンタの言う通り、ココが弱点さ。ほら、よく狙いなよ!』

 ツタが槍のように鋭く伸びてくる。僕は雷の魔法でそれを焼き飛ばす。

 エレナさんにも刃のような花びらが飛んでいくけれど、それを雷で撃ち落とす。


「終わりだ」

 セレナさんがショートソードを放つ。

 剣はアルラウネの胸の、黒い核を砕いた。


『ぎゃあああぁぁぁあああ!!!』

 アルラウネが絶叫し、黒く霧散した。



「わざわざ弱点を晒すとは愚かな。あっけない」




「──セレナさん! あぶなっ……い」


「……下等種……」


 ぎりぎり。セレナさんを突き飛ばすのが、間に合った。雷の魔法で速度強化ができていなかったら、このツタがセレナさんの心臓を貫いていただろう。


 僕の脇腹を貫いたツタが、戻っていく。


 頭がくらりとする。出血によるものだけじゃない。これは、毒か。僕は嘔吐した。


『あーららら。また、アンタを守るために一人死ぬねぇ。あの時もアンタを守るためにみんな焼け死んだ。森だってアンタたちを守るために力を与えたのにさ。それを一番うまく使えたアンタが逃げちまうもんだから、み~んな死んじまった。そう、アンタのせいだ』

「……わたしの……わたしが……わたしは……」


 アルラウネが、二体。いや、まだいる。同じ声で、同じタイミングで、喋っている。


『バカだね。本体を晒すわけがないだろ。それにアンタ言ってただろ、この森自体が魔石だって。くっくっく、あ~っはははっははは』

 エレナさんが力なく膝をついた。

 駄目だ。取り込まれては、駄目だ。でも、身体が動かない。


 動け。動け。

 セレナさんが、危ない。

 でも、動けない。いや、動かせる。

 後先のことを考えるな。やるんだ。


 僕は雷を全身に流した。マナを整え、制御し、無理やり身体を動かす。

 これでもう、筋肉が断裂しても、骨が砕けても、僕の命が尽きるまで止まることはない。痛みになんて、負けるものか。


『へえー。アンタ、“マナに愛される者”か。そうだ。アンタは助けてやってもいいよ。このエルフを殺して、アタシに捧げな。そうすりゃ、生かしてやる』

「……そんなことが、できると思うか」

『あはははは! 他のニンゲンなら命乞いするか、アタイの言うとおりになるもんなんだけどねえ。【魅了】にもかかりにくいときたもんだ。じゃあ、こうするとしよう。アンタはアタイが食べてあげる。身も心も、骨の髄までしゃぶりつくしてやるよ。それを、エルフのお姫さまはずっと見ていな。自分の無力さを痛感しながら、泣き叫びな。それでまた逃げるのさ。どこまでも、どこまでも……あ~はっはははは!」


 僕は雷と共に奔る。

 アルラウネは焼かれるも、また次のアルラウネが出てきてしまう。

 僕は止まらない。何かがぶちぶちと切れる音がした。


「……やめろ。もう、いい。逃げるんだ……アレン」

 セレナさんが僕の名前を初めて呼んだ。弱々しくも、やっぱり綺麗な声で。

「もう、わたしは疲れた。仇を討つためにレッドドラゴンを追い、あの集団に入って……戦い続ける日々だった……。戦って、戦って、また戦って……もう、疲れてしまった」


「──僕は、あきらめない」


「え?」


 意識が朦朧とする。セレナさんの声も、もうよく聞こえていなかった。

 自分が口にしていることも、自分の声もよく聞こえない。

 ただ、ただ。自分を震わせる言葉を、心で唱えていた。


「僕は、何度でも、立ち上がる。苦しくても、悔しくても、明日の光を見るために、戦う。戦え。命を、魂を燃やして。例え自分の無力さに打ちひしがれようとも。情けなさに眠れぬ夜が訪れようとも。僕は、前を向き、歩き続ける」


『なんだ……なんだアンタは。もう死にかけて、意識もないのに……なんでこっちに向かってくる。毒が回って動けないはずだろ……なんで』



 光が、見える。




 光に向かって、歩く。


「幾度の夜を超え、僕は歩き続ける。前へ。ただ前へ。その先の、光を信じて。光を掴むため。僕は征く。それは希望の光。絶望を祓う、まばゆき光。この世界に──光、あれ《Fiat lux》──






 まばゆい光が。





 何もかもを、包み込んでいった。

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