第45話 創造主の御手

「だ、だ、いじょうぶですか……セレナさん」

「……」

 セレナさんは、僕が肩を貸してようやく歩けるくらいだった。それほど消耗していた。下等種なんかに触れたら魂が穢れる……みたいなことを言われそうだったけれど、喋るのもつらいみたいだった。

 そもそも、レッドドラゴンとの戦いですべてを出し切っていたのだから無理もないことだ。魔獣たちは僕たちから距離を置き、じわじわと削りにきている。


「……おかしい。我々が落ちた場所は、すでに捕捉されているはず。それなのに、迎えがこないなんて……」

 エクレールから感じるマナも近づいてこない。近づいたと思ったら、また離れていってしまう。


「……そうか、この森……この森そのものが、魔石か」

「えっ!?」

「生物のように動き、位置を……特定できないようにしているのだ」

「そんな……」

「やつらなら、いずれここにたどり着くだろうが……それまでもたん。魔石の核を破壊し自力で……抜け出せればよいが……」

 セレナさんは、どこからか小瓶を取り出した。


「貴様……調合ができると言ったな。これと、回復薬を組み合わせられるか。そうすれば……すこし、魔力が戻る。あの程度の連中、少しの魔力さえあれば……」

 回復薬はまだ持っている。調合できるといっても、設備が必要だ。ここには何もないし、あったとしてもその間にやられてしまう。僕一人ならまだ戦えるけれど、ここまで消耗したセレナさんを放置することはできない。


 調合。調合。何かできる手は──。

 僕は、はっとした。『あのダンジョン』での出来事を思い出いだしたからだ。


 あの時。持っていたアイテムは変化し、総数が減っていた。それが意味するところは。

 僕はセレナさんから小瓶を受け取ると、アイテムカバンに入れて、願った。

 お願いだ。奇跡でもなんでもいい。あの時のように……何かが起こってくれ……。


 ──淡い光が、漏れた。


 恐る恐るアイテムを取り出すと、僕が見たことのない物に変化していた。回復薬の入っていたビンに、青色の液体。


「……これ、だ。飲ませて……くれ」

 僕はセレナさんの口に、ビンを近づける。

 青白くなった唇。でも、つやがあって……綺麗だ。こんな時に僕は馬鹿だ。


「うむ……魔力、体力が少し戻った。貴様……【アイテムクリエション】が使えるのか!?」

 僕はここで初めて、エレナさんの驚いた表情を目にした。


「へ? アイテム……クリエイション?」

「創作系の【マスタースキル】の一種だ。わたしも目にするのは初めてだ。貴様、一体何者なのだ」

「何者と言われましても……僕、そんなスキルもっていません。たぶん、このカバンです。前も、このカバンにアイテムを入れたら同じようなことが」

 僕はエレンさんにそのカバンを見せた。


「……くさい。違う、これはただのそこらのアイテムカバンと同じものだ。やはり貴様のスキルだ」

「えっ。でも、ソフィさんは何も」

「ソフィ……北の大ギルドマスターか。【鑑定眼】は万能ではない。マスタースキルともなれば、見えにくいのは当然だ。アイテムクリエイションなど、職を極めても数百万人に一人が発現するかどうかのものだろう」

 セレナさんが少し興奮気味に言った。

 そんなレアスキルが、本当に僕に? 雷の魔法と違って、全然実感がない。やはりこのカバンか、何か別の要因じゃないのだろうか。


「信じられぬか。では試しに、そこの樹の棒とそこの石を、さっきの要領で合成してみろ」

「え? そんなこと……」

 できるわけがない。そこらへんの樹の棒と石なんて。でもセレナさんの目が怖いので、仕方なくやってみる。


 樹の棒を左手に、意思を右手に。そして、くっつけて……強く、念じてみる。

 少し手が、熱くなった気がした。


「……やはりだ。創造主の御手アイテムクリエイション

「え?」

 僕は手に、石でできた剣を握っていた。

 こ、こんなことが起こるなんて。これは夢? どこからどこまでが現実?


 ずしり、と重たい感覚が落ちてくる。

 スキルを使ったことによる、疲労だろうか。


「く。魔獣どもがまた来たな。わたしがヤツらを蹴散らしている間に、さっきのアイテムを調合しておけ、下等種!」

 セレナさんが液体の入ったビンを僕に投げた。

 それを左手に、回復薬を右手に、そして念じる。また、できた。


 こうして奇跡のスキルの発現により、僕たちはまた、窮地を切り抜けることができたのだった。



 

 いや。


 窮地は、続いていた。





 それはゆっくりと、僕たちの前に姿を現した。




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