第44話 魔の森

 ガン。という衝撃に、僕は目覚める。痛い。


「起きろ下等種。死にたいのか」

「あ……う。こ、ここは」

 生きている。

 ああ、そうだ。僕はセレナさんを抱きかかえたまま、この場所にんだ。雷として。その衝撃にやられたのか。

 

「豊かな森だが、様子がおかしい。さっさと抜け出すぞ」

 身体は動く。

 エクレールは……いないか。でも、つながりはちゃんと感じる。遠いけど……きっと、すぐに僕を見つけてくれることだろう。


「何を呆けている。礼の一つも言わないことが不満か」

「い、いえ。そうじゃなくて……」

「下等種が我らを助けるのは当然のこと。せいぜい盾の役目をはたせ」

 この人にとっては、これが『普通』なんだなぁ。僕が何か言ったところで、受け入れてくれないだろう。


「……ってセレナさん、怪我してますよ!」

 セレナさんの背中が傷だらけだった。血が滴り落ちている。

「この程度、大したことはない」

「セレナさん、回復魔法は……」

「得意としていない。それに……魔力がつきた。そして森を捨てたわたしにここのマナは力を貸してくれないらしい」


 困ったな。僕は回復魔法使えないし……あ、そうだ。僕は腰の小さなカバンの中をあさる。よかった、無事だ。

「……セレナさん、これ、回復薬です」

「回復薬? 見たことのない種類のようだが」

「僕が調合したハイポーションです。傷に入った菌も殺す、毒消しの作用もあります」

「調合だと。ふん、下等種の施しなどうけん」

 この人は……でも、なんとなくそう言うと思っていた。


「施しなんかじゃないです。これを、買いませんか?」

「買う?」

「はい、単なる取引です」

「……ふん。いいだろう。いくらだ」

 僕は金額を提示する。もちろん、適正価格でだ。


「ハイポーションにしては安いのではないか?」

「僕の住んでいた町なら、これくらいが適正価格です。それに、安く作れるレシピを見つけたので、元手がかかっていません。それを考えるとまだ高いくらいだと思います」

 セレナさんは腕を組んで難しい顔をした。


「下等種のことだからふっかけてくるものと思ったが……。人間のつくったものは好まないのだが……しかし、質はよさそうだな。よかろう。その金額で買い取る」

「ありがとうございます」

 こうして僕は、やっとのことで回復薬を受け取ってもらうのであった。

 ハイポーションを飲んだエレナさんの傷は見る間に癒えた。傷も跡形もなく消え、滑らかな美しい白い肌の背中が、破れた服から覗いていた。


「傷が回復しただけではなく、身体も軽くなったな」

「疲労回復にも効く成分が入っています」

「……貴様。冒険者ではなく道具屋でもやっておけ」

「は、はは」

 やっぱり僕は、冒険者より道具屋の方が性にあっているのかな……。



 森を歩く。


 静かな、深い森だ。

 

 いや。静かすぎる?


 セレナさんの足が止まった。


「モンスター……いや、この黒いマナは……」

 げたげた笑いながら、黒いゴブリンが現れる。続いて、ツノの生えた……あれは、オーガ種か。肌はやはり黒い。続々と、嫌な気配が増えていく。


「”魔獣”か。魔王の因子……魔石が、この森を穢したか!」

 セレナさんが腰からショートソードを抜く。

 魔石。ここにも、アレがあるのか。背筋がぞくりとした。


「魔法が使えなくとも、この程度の雑魚どもには負けぬ。続け、下等種!」

 セレナさんがショートソードを飛ばした。

 黒いゴブリンの額は剣に貫かれる。黒く霧散し、落ちた剣をセレナさんはまた飛ばした。


 僕は雷の短剣を抜く。


 ──大丈夫。エクレールとのつながりも、少し遠くに行ってしまった雷雲のマナも、まだ感じる。

 僕は雷の魔法を放つ。

 魔獣たちに怯む様子はない。その数は増え続けている。


 僕たちは魔獣を倒しながら、前に進んでいった。

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