第43話 レッドドラゴン

 レッドドラゴン【ルビー】。


 あのアイスドラゴンも相当巨大だったけれど、このレッドドラゴンと比較したら赤子のように感じる。これは猛る火山そのものだ。

 ドラゴンの大きさ=強さではない。けれどこれは……本当にこんなものと戦えるのだろうか。

「気象は予想通り。いい雲が出てきましたね」

 僕の近くで、クライムさんが丸眼鏡の位置をくいっと直していた。


「アレンさん。あの雷雲に宿るマナを扱えますか?」

「はい。大丈夫だと思います」

「素晴らしい。今回も活躍していただきますよ」

 流れてくる黒い雲から、すごい力を感じる。これならば、ほぼ無尽蔵に雷の魔法が使えるだろう。それでもあのレッドドラゴンには通用する気がしなかった。


 レッドドラゴンはその周囲を飛翔船で囲まれ、戦車で狙いをつけられているにも関わらず、微動だにすることなく浮いている。太陽の光は雲に隠れてしまっているのに、真紅の鱗の輝きは褪せない。ドラゴンそのものが発光しているんだ。



『──きゅるるるるるるるる』


 それは突然始まった。

「魔法防御壁展開!」

「雷の魔法……放てェェ!」


 レッドドラゴンの身体から熱線が放たれた。それは防御壁にぶつかり、ねじ曲がって、遠くの地面へと落ちた。

 地形が変わるほどの大爆発。炎は岩肌を焼き、溶かしていく。

 『冒険王の冒険譚』の中で、邪悪な魔導士が発動した隕石魔法が、大都市に落ちて、何もかもを破壊してしまうシーンがあった。唐突に、その光景が頭の中に浮かんできた。


 雷雲に奔る雷を僕はそのまま落とす。雷はレッドドラゴンにぶつかる前に消えてしまった。

「【オートバリア】。あれには魔法も物理攻撃も通用しません。あれが何より厄介です。前回はあれを破る前に撤退させられました」

「破る方法が……あるんですか?」

「ありません。総攻撃あるのみです。アレンさん、撃ち続けてください」

「……はい!」


 雷の短剣をかざす。雷が刃に落ちる。その力を、増幅。エクレールを介し、さらに増幅。そして、一気に放つ。

 魔力を消費しないで、僕が使える魔法の最大火力が飛んでいく。


 ほんの少しだけ、レッドドラゴンの身体が揺れた。


「お、おお? 通ったぞ」

「すげえ! 新入り、やるじゃねーか!」

 周囲から歓声が飛んできた。


 ──しまった。

 僕はレッドドラゴンと目があって気づいた。今の魔法のせいで、こちらに注意をひいてしまった。


「いえ、大丈夫です。この船には最大防壁を張ってありますから」

 レッドドラゴンの熱線が、船の前で曲がって、また地面に落ちていった。

「気にせず、先ほどの調子で撃ち続けてください。一瞬でも隙を作ればそれが勝機に繋がります」

 クライムさんの視線の先で、ドラゴンに向かって果敢に飛んでいく人たちの姿があった。


 セレナさん率いる、特攻部隊。

 雷の魔法で巻き込んでしまわないかヒヤッとしたものの、なんと彼らは奔る雷の力をそのまま流用し、ドラゴンにぶつけていた。中には雷を掴んでそれを叩きこんでいるひともいる。


「どうした、下等種。その程度か」

 ふわり、と船の縁に立ったセレナさんが挑発的に言った。

「まだまだ、これからです!」

「……足だけは引っ張るなよ」

 くさい、と小さく言った後で、セレナさんは再びドラゴンに向かって飛んでいった。……そんなににおうのか、僕。やはり加齢臭……か。


「彼女がわざわざ声をかけにくるとは珍しい。滅多に自分から人間に話しかけることがないんですよ、あの人」

 クライムさんはそう言うものの、別に認められているとか、そういうものではない気がする。彼女にとって僕はとてもくさいので鼻障りなのだろう、きっと。


 とにかく僕は今、僕にやれることを最大限にやった。


 ドラゴンはその場から動くことなく、やはり静かに浮いている。


 ほんの少し。

 レッドドラゴンの光が強まった気がした。

「──危ない! 逃げて!」

 僕は叫んでいた。


 無数の熱線が、レッドドラゴンから放たれた。

 僕の声にいち早く反応していた人たちは、かろうじてそれを避けているように見えた。

 それでも──魔法防壁をものともせずに飛ぶ熱線は、みなの身体をかすめただけで大きく抉っていく。

 まともにくらった人たちは、跡形もなく……消滅してしまった。


 レッドドラゴンの口が大きく開かれる。


「【極大氷結魔法ブリザード】! 放て!」

 急激に気温が低下するのを感じた。雷雲から落ちてきたのは雨ではなく、雪。

 巨大な冷気の塊が、各飛翔船から放たれる。

 レッドドラゴンが火球を吐き出した。それは冷気を飲み込み、飛翔船の一つを消し飛ばして彼方へと飛んでいった。


 瞬く間に、多くの命が、失われていく。


「やはり、以前よりも力が増している……か」

 クライムさんの表情は険しい。

「クライムさん……まだ、あれとやりあうんですか……」

「勝てる算段は、あります。多大な犠牲を払うことになりますが。それにアレの進行方向は中央都市。倒せないまでも、その進路を変える必要があります」


 僕は言葉を失う。

 やるしか、ない。いくら中央都市に冒険者が集っているとはいえ、あのドラゴンを相手に無事では済まないだろう。

 今戦える、僕たちがやるしかないんだ。


 僕たちは攻撃を続ける。

 ドラゴンはそれをモノともせず、ついに進行を始めた。しかし、飛び始めたのは中央都市の方角ではなかった。


「──団長」

「深追いは禁物。だが、進路が気になる。警戒しつつ、追うぞ。特攻部隊を引き上げさせろ」

「はっ」


 戻ってきた特攻部隊の人たちはみな、立てないくらいに消耗していた。手足を失っている人もいる。すぐに回復魔法やアイテムで治療が開始される。


「お、おい! 一人でやりあっているやつがいる! 誰だ!?」

「セレナだ! あのバカ! 誰か連れ戻してこい!」

 ドラゴンに向かって魔法を放つセレナさんの姿が見える。

 レッドドラゴンにそれを気にする様子はない。それがまた、セレナさんを激昂させているようだった。


「彼女は故郷を、あのレッドドラゴンに滅ぼされているのです。もっとも、レッドドラゴンにとってはただなのですが」

 それで、あんな……。


「あっ!」

 それは瞬く間に起きた。


 レッドドラゴンが少し身体を震わせた。それだけで、暴風が吹き荒れたのだ。

 遠くのこの飛翔船も、大きく揺さぶられるほどだった。

 間近でその風の圧を受けたセレナさんは──まずい。


「あ、アレンちゃん! だめ、アレンちゃーーーん!」


 僕は、反射的に跳んでいた。


 雷が、僕に落ちてくる。

 僕はそれを受けて、雷そのものとなる。




 僕は落ちていくセレナさんを抱きかかえた。


 そして──。

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