第42話 空を翔ける

 目が覚めると、隣に見知らぬ……じゃなかった。またしても裸のシータさんが寝ていた。

 僕も裸だった。

 

 いやだからなんで!?

「アレンちゃ~ん! よかった~! 目が覚めたのね!」

 エクレールが僕の顔に抱きついてくる。


「……アレンちゃん、大丈夫? まだ顔色が悪いね……」

「──まるで、歯が立たなかった。レベルが違いすぎる」


 これが、実力の差なのか。

 その差は、埋めようのない巨大な溝に思えた。

 ただただ……悔しい。僕なんかが悔しがるのはおこがましいのかもしれない。そもそもこんな力を得られただけでもすごいのに……でも、それでも全然届かない世界がある。その現実が僕を打ちのめした。

 

 頭の中ではわかっているつもりだった。僕なんて”まだまだ”だ。でも……こうして現実を突きつけられて、ようやく実感した。

 これまでは、たまたま上手くいってただけ。たまたま生き延びられただけ。それなのに、僕は強くなれた気がしていたんだ。上級冒険者として認められているわけでもないのに。そう。僕はただの【高齢のルーキー】なんだ。


「あ、おはよ~。アレンさん」

 むくりとシータさんが起き上がり、そして僕はまたエクレールに目つぶしをくらった。とても痛い。

「どう? どこも痛まない?」

「あ、はい。目が痛いです」

「もう、ひどいよねセレナ。本当にごめんなさいね、アレンさん」

「……いえ、そんな」

「そんなにショックを受けないで。セレナは正規の冒険者ではないけれど、能力だけみれば【特級冒険者】レベルなのよ。むしろあそこまで食らいついた人、アレンさんがはじめてかも。みんな、驚いてたよ。だから、自信をもって」


 そうだろうか。

 僕は……まだまだだ。

「ふふ。しょんぼりしてるアレンさんもかわいい」

 何かやわらかいものに、僕の顔がぎゅっと挟まれた。

「あー! こらー! 電撃くらわせるよ!!」

「ごめんなさーい」

 何も見えないけれど、何が起こっているんだろう。


「ところでなんで僕、裸なんでしょう」

「あ、体温が下がっていたから、温めるために。裸と裸の方があったまると思って」

「アレンちゃんのためならと思って、仕方なく了承したの……」

「そうなんだ……」

 ってなんで?

 あ。出血してショック状態になって、体温が下がっていたということか。

 でも裸と裸で温める必要があったのだろうか。他に方法が……。


「アレンさん。対人の勝負にこだわらないで。アレはギリギリの戦いの中で生死の感覚を磨く荒行。あたしたちの相手はあくまでドラゴンよ。アレンさんは人との戦い方よりも、マナの扱い方を極めた方がいいと思う」

 自然に存在するマナを取り込んだり、増幅させたり。条件次第ではエレナさんを超えられるかもしれない、とシータさんは言った。


「そうだ。アレンさんが元気でそうなところ、連れて行ってあげる。さ、着替えて着替えて。それともここで、裸のまま一日中アタシと過ごすぅ?」

「い、いえあの、着替えます!」

 お尻のあたりに視線を感じつつ、僕はそそくさと着替えるのであった。




「──すごい」

 ようやく出た一言は、それだけだった。

 そんな僕を見て、シータさんはほほ笑んでいる。

「この間はドラゴンとの戦闘があったからゆっくり景色を堪能する暇もなかったけど、すごいでしょ、飛翔船」

「……はい!」

 雲を切り裂き、景色は滝のように流れていく。それでも世界は果てしなく広大で、それに──綺麗だった。


 僕がいた世界は、ほんのちっぽけなものだった……。


 そうだ。僕は、この世界を、世界中を冒険したいんだ。心が、熱い。はやく、冒険に行きたい。


「そう。アレンさんは冒険者なのよ。あたしたちとは違う。ドラゴンバスターズは戦闘狂の集まりと言うか、特殊でしょ? アレンさんはそれに飲まれちゃだめよ」

 シータさんの口調はどこまでも優しい。

「ありがとうございます、シータさん。僕は……冒険が、したいです」

「ふふ。やっと笑ってくれた。笑顔もかわいいのね、アレンさん。惚れちゃいそう」

「と、年上をからかわないでください」

「あら。あたし、年上のひと好きなのよ」

 すすすと寄り添ってくるシータさんを、エクレールが雷で威嚇していた。


 レッドドラゴン【ルビー】の討伐の手伝いが終わったら、新しい冒険に出かけよう。僕は胸を高鳴らせた。




 しかし。


 すでに新しい冒険は、すぐそこまでやってきていたのであった。



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