第40話 使命

 目が覚めたら、隣に、見知らぬ女性が裸で寝ていた。


「──え?」

「あ。アレンちゃん、おはよ~。大丈夫? お酒すっごい飲まされてたけど」

 エクレールが目をこすりながらやってきた。

 エクレールが怒っていない……ということは、この女性とは何もなかったに違いない。しかし、ここは一体どこなんだろう。そして誰なんだろう、この人は。


「ふわ~あ。おはよ、アレンさん」

「え? あ、はい。おはようございます」

 エクレールが僕の目を覆ってくれなければ、そのひとの裸を見てしまうところだった。

「あー。あたしもそのまま寝ちゃったんだ。アレンさん、替えの下着と服、そこにあるからね」

「え?」

 僕も裸だった。

 僕は慌てて服を着る。

「アレンちゃん、もっと裸でいていいのよ」

 エクレールがにたにた笑ってる。ああ、顔が熱い。


「アレンさん、お酒飲みすぎて吐いちゃって。あたしの服もべちゃべちゃで大変だったのよ」

 あ。なんとなく思い出してきた。

「ご、ごめんなさい! 僕……なんてことを!」

「いーのよー。いいもの見せてもらったし」

 その女性もにたにた笑っていた。


「これもドラゴンバスターズの通過儀礼なものだから気にしないで。あたしは第二部隊【セキレイ】の隊長シータよ。よろしくね」

「だ、第二部隊……?」

 聞けば、ドラゴンバスターズは五つの部隊があるらしい。それぞれの隊を束ねる隊長がいて、それを副団長のクライムさんが統括しているとのことだった。

 それぞれの部隊には役割があり、シータさん率いる第二部隊は飛翔船部隊を指揮しているという。


「本当はアレンさん、飛翔船からドラゴンに放った鎖に雷の魔法を流す役割だったんだけど、誰か間違えたみたいなのよ。ホント、ごめんなさい。危険な目に遭わせてしまって」

 やっぱりそうだったのか。

「でも、すごい活躍だったわ。ドラゴンを倒す決め手になってたじゃない」

「い、いや、たまたまです……あの、その、そろそろ服を着て……」

 エクレールに目つぶしをされて何も見えないのだけれど、とにかく痛い。

「あらごめんなさい。見てもいいのに」

「だめ~! 目に毒だし、アレンちゃんが見ていいのはアタシの裸だけ!」

 いや、エクレールの裸も見ないけど!

「うふふ。仲がいいのね。そうそう、起きたら団長が挨拶したいって。この部屋から出て右に団長室があるわ」

「そ、それじゃあ行ってきます」

 まだふらふらする。けれど、このままここにいると目の毒というか痛いので、僕は部屋を後にした。



「ようこそ、アレン君! 大活躍だったそうじゃないか。これはもう、正式に入団してもいいんじゃないかな、なぁクライム! っと、オレがドラゴンバスターズの団長オーランドだ。よろしくたのむ!」

 この人もなんだかゴッツさんを連想させる豪快さがあった。岩のようにゴツゴツした筋肉。傷だらけの顔。そこにいるだけでオーラを発しているようだ。ドラゴンにも負けない迫力がある。


「ちょうどよい前哨戦になったな。これならば……いけるか」

「そうですね、団長」

 クライムさんは丸眼鏡のブリッジを、左手の中指でくいっと持ち上げて、位置を整えた。

「……標的が、いるのですね」

「おう! アイスドラゴンの出現は予定外だったが、アレン君が活躍してくれたおかげで大した消耗もなく対処できた。むしろ士気が高まったな。予定は変えず、一週間後……我々は【ルビー】を討伐する」

「団長、彼に説明を。いきなり【ルビー】と言われても何がなんだかわからないでしょう」

「そういうのはお前に任せる! オレは色々と準備してくる! それじゃ、またな!」

 オーランドさんはバタバタと去り、残ったクライムさんは大きくため息をついた。


「はぁ。こんな感じで、いつも私は団長の代わりに非常に多くの雑務をこなすことになっているのです。胃薬はかかせません」

「た、大変ですね」

「まぁ、あの人にしかできないことも多いので仕方ありませんが……」

 そう言って、クライムさんは小瓶を取り出し、錠剤を口に含んだ。


「さておき。我々が標的にしているのは、巨大なレッドドラゴンです。そのウロコは宝石のルビーのように美しく、紅く輝いています」

「それで、ルビー……」

「昨日戦闘したアイスドラゴンよりもさらに巨大。吐き出す炎はあらゆるものを溶かす高熱。我々がこれまで戦った中でも最大最強の標的です。犠牲者が大勢でるかもしれませんね」

「犠牲者が……」

 クライムさんは胃のあたりを抑えた。

「ええ。ドラゴンという存在は強大です。総力をもっても犠牲は避けられないでしょう」

「それでも……戦うんですか? どうして……」

「それが我々の使命だからです。かつてドラゴンという脅威を前に、我々人間ができることは何もありませんでした。成す術なく、人間の営みは破壊されました。ドラゴンにとっては我々はアリみたいなものなので、悪意はないのでしょうけれど……どれだけ多くの人が泣かされてきたことか。しかし、我々は対抗する力を得ました。ドラゴンがやって来ることも予測することができるようになりました。力があるのに手をこまねいているわけにはいきません。力を最大限に活用し、脅威が降り注ぐ前に排除する。それが我々の役目です」

 クライムさんは凛として、そう言った。


「というのはまぁ、建前のようなものですがね。ドラゴン討伐は莫大な金を生み出します。その身体すべて、あますことなく財産となります。虐げられてきた人々に行きわたれば、生活も豊かとなることでしょう」

「……うまく言葉にできないですが……すごいですね。今まで考えたこともありませんでした」

 ドラゴンを倒すなんて、それこそ冒険王の冒険譚の中の世界だ。

 脅威を事前に察知し、対処する。そんなことができるなんて。

 それができる力を持つ者の使命として、この人たちは戦う。その覚悟は並大抵のものではないと思う。いくらドラゴンを倒せればお金になるからといって、そうそう命を懸けられるものではないはずだ。


「ふ。貴方なら共感してもらえると思いましたよ。そう、ここは勇気あるものたちが集う場所。歓迎しますよ、アレンさん。作戦開始の日まで本部の施設は自由に使ってください。案内が必要なら──」

「はぁい! あたしやりまーす」

 いきなりシータさんが割って入ってきた。

 クライムさんは露骨に嫌そうな顔をする。仲が悪いのかな。


「シータさん。まさか貴方……アレンさんに手を出すつもりじゃないでしょうね」

「そんなことしませんよぅ~やだな~副団長は~」

「……アレンさん、気を付けてくださいね。この言葉を覚えておいてください。『油断、即、死』。ちなみにシータさんは男性なので、より気を付けてください」

「──え」

 シータさんが、男?

 エクレールがうんうんと頷いている。

「──え?」

 胸は膨らんでいる。豊胸手術? そんなものがあるのか。え?

「ほらほら、副団長も仕事に戻った戻った! あとはあたしにお任せあれ~」

「あ、ちょ」

 僕はシータさんに引っ張られ、あちこち連れまわされるのであった。

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