第9章 ドラゴンバスターズ!!

第39話 ドラゴンを狩る者たち

 近くで爆炎が弾けた。肌が焼ける。

「追い込め! 絶対に逃がすんじゃねーぞ!」

「新人、ぼさっとすんなよ!」

「は、はいぃ!」


 まるで戦場だった。

 地面が破裂する。後ろから砲弾が飛んでくる。前方から巨大な氷の塊が飛んでくる。轟音、爆音、震撼。身体が宙に浮く。あらゆるものが飛び交う中を、僕は走る。


「魔法部隊、砲撃! はなてっ!」

 攻撃の合図だ。僕は雷の魔法を放つ。


『グアァァァッ!』


 巨大な”それ”は雄たけびを上げた。魔法がほとんど効いていない。それでも僕たちは追撃の手を休めない。


 僕が『あのダンジョン』で出会った黒い個体よりもずっとずっと大きい。

 小さな村ひとつ分くらいありそうな巨体。まるで氷山だ。


 それは──その巨大な存在は──世界最強種、ドラゴン。アイスドラゴン。

 まだその姿は遠くにあるのにもかかわらず、凄まじい存在感だった。


 なんでこんなことに巻き込まれてしまったのか。僕は思い返す。




「えっ!? ドラゴンバスターズ……?」

 ソフィさんが、うむ! と頷く。

 そんな集団があることを、僕はこの時初めて知った。

「西の大ギルドお抱えの、ここ中央都市最強の戦闘集団じゃ。最強種ドラゴン対策のためだけに立ち上げられた組織じゃな」

 ドラゴンは『災害』とも言える。その巨大な力を止める術はなく、中央都市も何度かその被害を受けているという。

 どうにかしてドラゴンによる被害をなくしたい。そんな想いから創設された組織は、いまやドラゴンを制圧する武力を得た。

 あらゆる武具の研究開発、それを扱う者たちの鍛錬。そこはもはや修羅たちの園。


「そ、そんなところに、僕が行くんですか?」

「そうじゃ。先の騒動の時に、レオンと戦うおぬしの姿を、ドラゴンバスターズの団員が見ていたらしくてな。力を貸して欲しいとのことじゃ」

「はあ……何か力になれるとは思えないんですけど……」

「もちろん、断ってくれても構わんぞ」

「いえ、いきます。勉強してきます」

 僕はソフィさんが多額の借金をしたことを知っている。ニコルを助けるために調達してきたそのお金は、フレーシアさんから借りてきたものだ。

 結果、そのお金は使われなかったものの、北東の地区を整備するために投資されることとなった。少しでも風通しがよくなれば治安も回復するだろうと、ソフィさんが中央議会に提案したのであった。だから、借金は借金のまま。

 だから、どんな『クエスト』でも喜んで受けて、こなして、報酬を得る。それが僕にできることだ。


「……本当にすまん。じゃが、正直助かるのじゃ」

「ソフィさん、無理して働きすぎないようにしてくださいね。まだ頼りないかもしれないけれど、僕たちを頼ってください」

「ううう……ありがとう、アレン! やっっぱり好きじゃああぁばばばばb」

 エクレールがソフィさんに電撃を放ち、レオンが頭をかじっていた。



 そんなわけで、僕はドラゴンバスターズに仮入団したのだ。

 そしてその日のうちに、中央都市の北西にドラゴンが出現したとの情報が飛び込んできた。自己紹介もそこそこに、僕はドラゴンバスターズが所有する【飛翔船】に乗り込んだ。


 飛翔船。空翔ける船。


 持つと空を飛べるという飛翔石……それも特大サイズのものを積み、蒸気と電気で飛ぶ船だ。化石燃料を使う船体もあるらしい。どういう原理なのか、僕にはいまひとつわからなかったけれど、これがとにかくすごい。歩けば数日かかるようなところまでも短時間でひとっとびだ。


 そこからのことはよく覚えていない。

 ざっくりと役割が分担されて、あとはみんなと一緒に走り出して、このありさまだ。


 標的は、このアイスドラゴン。

 逃がさないように、その身体には飛翔船や【戦車】から鎖が放たれ、巻き付いている。その鎖には電流が流れているらしく、アイスドラゴンの身体がばちばちと焼かれていた。本当はそこを手伝う予定だったんじゃないのだろうか、僕。

 とにかく。仮にあの鎖から抜け出されて逃げられたとしても、飛翔船で追撃し、戦車で砲撃できるように配置されている。完全包囲だ。



「邪魔だ」

「え?」

 僕は蹴り飛ばされ、そのすぐ上を氷の塊が飛んでいった。

 痛い。

「──のろまな人間が。これだから下等種族は嫌なのだ。それにくさい」


 流れるような金色の髪に思わず見とれてしまう。ひどい言葉をぶつけられているのに、その声のきれいさに、むしろ癒されてしまいそうだった。

 ──エルフ。

 こんなに美しいひとは、生まれて初めて見た。


「ぼさっとしているならさっさと帰れ。邪魔だ」

 エルフは風のように、ドラゴンへと向かっていった。


 そうだ。呆けている場合じゃない。少しでも役に立たないと。


「だから前に出すぎだって、新人!」

「──いえ、もう少し前へ!」

「お、おい!」

 この距離では駄目だ。何より周囲に人が多すぎる。ありったけをぶつけるには、やはり前だ。


「ドラゴンを恐れず前に出るとは、素晴らしい。私の見込み通りです。援護しますよ」

 すぐそばに、いつの間にか丸眼鏡の男性がいた。髪が真っ白だ。

「足を止めないで、前を向きなさい。私はここの副団長のクライムと申します。よろしくお願いしますね」

「あ、は、はい! あぶな……」

 飛んでくる氷の塊を、僕は雷の短剣で砕いた。

「その短剣。雷の短剣ですか。これはまた……おっと、次がきますよ」

「はいっ!」

 上に跳躍すれば追撃を受ける。標的にならないように先読みをして動かなければ……。

 

 今度は無数の氷。氷の散弾が高速で飛んでくる。

「目を逸らさないでください。私が防御します」

 僕はその声を聞き、さらに前へ出た。

 氷の弾は、僕の近くで弾けて散った。魔法防御壁が、僕の周りに展開されている。


「──噓でしょ。アレンちゃん、すっごいやばいのがくるよ!」

 氷の山がそのまま投げつけられてきたのかと思った。それほど巨大な氷の塊が空から落ちてくるのが見えた。


「エクレール! 雷の短剣に、力を!」

「う、うん!」

 強く。もっと強く。僕は『龍』をイメージした。ドラゴンを倒すのならば、ドラゴンだ。


 雷の龍が放たれる。龍は氷の山を打ち砕いた。大小様々な氷が散っていく。

「なんと──素晴らしい。しかし、まだです!」

「わかっています!」


 ドラゴンが口を開く。僕はそこに雷を叩きこむ。


「今だ! 一斉射撃! 撃てっ!」

 クライムさんが言った直後、魔法や矢が雨のように、アイスドラゴンに降り注いだ。


『ガアァ……ウ……』


 アイスドラゴンが沈黙した。

 地響きと共に、ドラゴンが沈む。


「討ったぞーーっ!」

 歓声が沸く。すごい熱気だ。


 本当に……ドラゴンを倒してしまうなんて。

 これが、ドラゴンバスターズ。


「お手柄でしたよ、アレンさん」

 副団長のクライムさんがにこやかに言った。

 ……あのエルフの女性が、遠くの方で怖い顔で僕をにらんでいるのが見えた。舌打ちしてるみたいだ。すごくこわいな。でも……本当に、美しい。


「ア・レ・ンちゃ~ん? アタシというひとがいるのに、他のひとに目移りしてるの?」

 エクレールはそう言って笑っているけど、目が笑ってない。

「そ、そんなんじゃ……なんというか、美術品? そういうのを見ているような感じ」

「……ふぅーーん。まぁ、でもきれいなのは確かね。エルフの純血種だと思うわ、あのひと」

 そこで僕は、他の団員の人たちにもみくちゃにされた。

「新人! 勇気あるじゃねーか!」

「そうそう! こいつなんて最初の頃は、ドラゴンを前にしてちびってたんだぜ!」

「はっはー! 今夜はパーティだ! のむぞのむぞー!」


 こ、これがドラゴンバスターズ。むさくるしい……。

 お祭り騒ぎのまま、僕たちは飛翔船にのって、中央都市へ凱旋した。ここでもまた狂乱に巻き込まれ、僕はくしゃくしゃにされてしまうのであった

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