第36話 宿敵との和解
「あれ、レオン? いきなりおっきくなったねー、どうしたの?」
「え? あれ、あのチビいぬなのか!?」
周囲に舞う粉塵が消えると、月明かりに照らされた獣人の姿があった。
長身。淡く輝く黒い毛並み。そして、胸のふくらみ。
「って女だったのか、あいつ」
レオンはセブンの姿を見ると、よだれを垂らした。
あ、これ、間違いなくあいつだわ。セブンは背筋に寒気を覚えた。肌があれば、鳥肌が立っていたことだろう。
「満月。おれ、少し力、取り戻した。おれ、獲物、喰いコロス」
レオンはアレンの姿を見つけ、にやりと笑った
「くっ……こんな時に」
アレンはあのヘルハウンドの迫力を、目の前のレオンに感じていた。刃で斬りつけられるような鋭い殺意を向けられ、アレンの全身に冷たい汗が流れる。
「アレン。こないだの雷の短剣を使え。躊躇してたらやべーぞ。おれも手が空いたら加勢する」
「……わかった」
アレンは雷の短剣を抜いた。バチバチと閃光が弾ける。
先制攻撃を仕掛けたのはアレンだった。不可避の雷がレオンに向かって奔る。
このヘルハウンドに雷が効かないのはわかっている。これは動きを制限するために放ったのだ。
「うざい! やめろ!」
レオンは雷を受けるたびにその動きを止める。
一瞬の隙をついて、レオンが大きな口を開けて飛びかかる。
「むがっ!?」
その口に割れた地面の欠片が放り込まれる。レオンは不機嫌そうにそれを嚙み砕く。
「骨。おまえあとでしゃぶる。絶対にだ!」
「お断りなんだぜ!」
セブンは他の冒険者を相手にしながら、レオンに【シュート】を放っていた。
「暴れ獣人か! 俺らも力を貸す!」
「いえ。皆さんは他の冒険者たちをお願いします。ここは僕一人で!」
「しかし……うおわっ!」
レオンはアレンに加勢しようとした冒険者たちを尻尾で弾く。まるで鋼がぶつかったかのような衝撃だった。
乱戦状態。雷の魔法を放てば、皆を巻き込むかもしれない。アレンは足に雷の魔力を込めて、跳んだ。レオンはそれを追いかける。
「ここなら……!」
建物の屋根の上。アレンとレオンは改めて対峙した。
「思い出させてやるぞ、恐怖を」
「僕は……負けない!」
「威勢だけはいいな、雑魚人間!」
レオンが舌なめずりをする。
「エクレール。あの時の魔法を」
それで伝わった。エクレールは躊躇する。
「で、でも、あれは!」
「大丈夫。僕が制御する。してみせる」
「……うん。わかった!」
アレンが『加速』した。
「また、はやくなった! でも、あの時ほどじゃないな!」
レオンの方がずっと速い。それでもアレンは食らいつく。
2倍速。思ってた以上にずっと、身体に負荷がかかる。アレンは身体中を雷が走る痛みに顔を歪めた。
それは──雷の魔法を使うものにとっての禁じ手である。
脳から発せられる『命令』は『電』気信号として身体各所に伝達される。その働きを雷の力で強化させるのだ。それにより、例え疲労や大怪我で身体が動かない状態であっても無理やり稼働させることができる。後先を考えない荒業である。
加減を間違えれば、肉体の限界をはるかに超えた力を発揮させてしまうため、術者は『壊れる』ことになるだろう。そうなる前に、痛みに耐えきれずに術を中断することになるのだが。
本来の身体能力の限界を超えるために、筋肉は断裂する。神経は焼き切れる。そして身体を駆け巡る雷の痛み。誰も好んで使わない魔法だ。
身体を鍛えればある程度は軽減できるだろう。しかし、魔法使いはそうした肉体の鍛錬よりも精神の修養に力を入れるものが多い。ゆえにこの魔法を使うものは今やほとんどいないという。
──まだだ。もっと、ひきつけてから。
身体機能・感覚強化。それに加えて雷の攻撃魔法。それを同時で行うことを、アレンのもつ『雷の短剣』が可能とした。短剣を振るえば、雷が飛ぶ。レオンにはほとんどダメージはないが、牽制するには十分だった。
「うがあっ!」
レオンが踏み込んだ。が、足元の屋根が崩れて体勢を崩した。
今だ!
アレンはさらに『加速』した。ほんの一瞬ではあるものの、その激痛に意識が遠のきそうになる。
ザクリ。刃が、通った。鋼のように硬い毛、そして体皮を裂き、短剣がレオンの右肩に突き刺さる。
「あがあぁぁぁぁぁああぁぁっ!」
アレンはレオンの体内に直接、雷を放った。雷はレオンの体内中を駆け巡り、内臓を、筋肉の繊維を、神経を焼いていく。
レオンは口から泡を吐き、倒れ、悶絶した。
「やった……アレンちゃん、やったね!」
息がうまく吸えない。喉が、肺が悲鳴を上げている。なんとか息を整え、アレンは苦しみもがいているレオンの近くに行く。
「が、ああ、あ。こ、コロス。おまえ、ころ……す」
レオンは鋭い爪をアレンに向けるも、その手はもう上がらなかった。
その身体は小さく、小さく。子供の姿に戻っていく。
「アレンちゃん。どうするの、この子」
「……」
生かしておけば、また同じことになる。みんなにも危害が及ぶかもしれない。
でも。それでも。
アレンはアイテムカバンから瓶を取り出し、レオンにその中の液体を飲ませた。
「うげっ、ぺっ、ぺっ! なに、飲ませた……あ、あれ……痛みが……?」
「僕が調合した回復薬だ。少しは楽になると思う。あとは誰かに回復魔法をかけてもらえば──」
「おまえ、バカ!? おれ、おまえころそうとした。おまえ、おれの獲物!」
「……何度でもかかってくればいい。何度でも……僕は、負けない」
アレンが強いまなざしで見つめると、レオンはわんわんと泣き出した。
「なんで! どうして! おまえのせいで、おれ、帰るとこない! 人も喰えない! うええぇぇん! おれ、ひとりぼっち! ええぇぇん」
「帰る場所なら、ある。みんなで家に帰ろう。キミは独りじゃない。それにたぶんだけど、人間よりもおいしいご飯が、ここにはいっぱいあるんだよ」
「え……おいしいご飯、あるの?」
「そっか。まだモンスター用のご飯しか食べさせていなかったんだっけ。ここは世界中からおいしいものが集まってくるんだ」
「おいしいもの……食べたい」
「今はこんなものしかないけど」
アレンは腰の小さなカバンに入っていた、味付きの干し肉をレオンに差し出した。レオンはくんくんとにおいを嗅ぎ、それを口にした。瞬間にその目が輝く。
「みんなと一緒に、おいしいもの食べに行こう」
「……おれ、いいのか。一緒にいて、いいのか。おれ、おまえころそうとしたのに。喰おうとしたのに。ひとりじゃない? ほんとに?」
アレンは笑みを浮かべると、レオンの頭を優しくなでた。
「ああ。みんな、キミの友達だ」
「……ともだち。ともだち! おれ、うれしい! すごくうれしい!」
「うわっ!?」
レオンがアレンに飛びつき、その顔をなめまわした。
「もう! アレンちゃんったら……この女ったらし!」
「いてっ!」
エクレールはアレンの頭を蹴っ飛ばして、その後でレオンと一緒にアレンの顔をなめまわすのだった。
一方。
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