第34話 死神の正体

 3日後。満月の夜。

 中央都市北東の広場は静まり返っていた。

 この地区は荒くれものたちが多く、朝晩関係なく騒いでいるというのに。


 いや、いる。多くの気配を感じる。

 オレ一人にずいぶんなことだな、とキースは舌打ちする。


「──来たか」


 ぬらり。

 ヨギが、闇から現れた。

 キースは怒りよりも先に、恐怖を感じた。

 ヨギの目はうつろで生気がない。しかし、不気味に紅く輝いている。

「オマエ……ヨギ、だよな」

 闇に次々と紅い光が浮かぶ。いくつもの双眸がキースに向けられている。


 なんで。

 どうして。

 

 そんな声が聞こえてくる。


「ニコルはどこだ」

 ヨギが震える手で、ある建物の上の方を指し示す。そこには柱に縄で括り付けられたニコルの姿があった。


「──金、は。もってきたのか」

「ここにある」

 キースは金の入った袋をヨギの前に投げた。

 ヨギはそれを拾い上げ、中身を確認する。


『……こんな大金を本当に用意するなんて。そんなに、あの子が大事なの?』

「……!?」

 その声は、ヨギから発せられているのに、ヨギのものではなかった。


『あたしの声を、忘れてしまったの? もう、忘れてしまうの?』

「そんな……どうして……」

 ありえない。そんなことはありえない。


 ヨギは左手を前に突き出した。その手のひらには、手放したはずの『ソレ』があった。


 ──指輪、だ。


『あなたとあたしの愛の証を、あんなに簡単に手放すなんて。この子を救うために、あたしを捨てるのね』

「違う。捨てるわけじゃない。オマエはずっと、オレの中に──」

『嘘。あなたの中であたしの存在は消えかけている。あたしは死んでも、ずっとずっとずっとずっとずっとあなたのことを想い続けているのに』


 ねえ、あなた。

 あたしが死んでも、忘れないでいてくれる?


 もちろんだ。

 絶対に、忘れない。


 うれしい。

 ずっと、ずっと一緒よ……あなた。


 ああ。

 ずっと、一緒だ。


 ──他の誰とも、一緒にならないでね。



 そうか。そういうことだったのか。キースはすべてを理解した。

「カタリーナ。オマエは、死んだんだ。いつまでも……オレを縛るのはやめてくれ」

『うれしい。名前を呼んでくれた。うれしい』

 うれしい、うれしい、うれしい。

 闇の中からいくつもの声が聞こえてくる。



 カタリーナ。



 それは、病で他界したはずの、キースの妻だった。


『あなたが悪いのよ。他の誰かと一緒になろうとするなんて。指輪を手放すなんて。あの子、不思議な力で守られていて手がだせなかったけれど……』

 ふと、キースの頭の中にその記憶が映像となって入り込んでくる。

 血に濡れた地面。指輪を拾うヨギの姿。



 ヨギ。彼はキースとニコルを追い、中央都市にやってきていた。

 二人を見つけたヨギは息を殺して付け回し、ベンとのやりとりも見ていたのだった。ゆするネタができたと喜ぶヨギは、ついでにベンからキースが渡していた指輪を頂くことにしたのだ。


 いざ襲おうとしたその時。

 ベンの首が折れ、そして引きちぎられた。見えない何かの力によって。

 ヨギの足元に指輪が転がる。

 それを手にとっては駄目だ。ヨギはそう感じたものの、手は勝手に動く。


 ──そして。

 彼は、意識を乗っ取られた。


『ふふふ。こうして誰かの身体を操れば、あのニコルという子も傷つけられる。あなたに近づく邪魔者を排除できる』

「カタリーナ……ニコルを、傷つけたのか」

『少しカッとなってしまったから、ちょっとだけぶっただけよ』

 遠くに見えるニコルの頬は腫れているようだった。ぐったりとして、意識はないように見える。


『あなたはあたしだけのもの。誰にも渡さないわ』

 飼っていた犬が、不審な死を遂げた。次に飼った猫も、鳥も。何故、気づかなかった。いや、気づこうとしなかった。すべて彼女だ。彼女だったんだ。彼女こそ、死神の正体。


 ──子供を死産してからだ。自分に注がれる愛情が少しずつ異質になっていったのは。キースは思い返す。それでも寂しい想いをさせまいと、懸命に応えた。

 二人の生活が完全に異質なものとなる前に、カタリーナは病に倒れた。そこからはあっという間だった。病魔はカタリーナの命を奪っていった。


『あたしはずっと、このあなたがくれた指輪に想いを込め続けた。死ぬ間際まで、ずっとずっと。あなたはこの指輪をあたしだと想って、肌身離さず持っていてくれた。それなのに、あんなに簡単に──。あたしはあの子を、許せない。許さない』

「殺すなら、オレを殺せ。オレをそっちに連れていけばいいだろう!」

『愛するあなたにそんなことできるわけないじゃない。あなたはこれからも、ずっとあたしといるの。天寿を全うして、魂だけになっても、ずっと一緒よ。死さえもあたしたち二人を分かつことはできない』


 紅い光が、近づく。


『あなたがあの子を見捨ててくれたらよかったのに。そうすれば、他の仲間たちまで手はださなかったのに』

「やめろ! みんなに……手を出すな!」

『もう遅いわ。すでにここの冒険者たちを操って送り込んだもの』

 カタリーナは笑う。

「頼む……オレはもう、誰とも組まない。オマエだけと共にいる。だから!」


『だめ。もう、決めたの。あなたにはあたしだけいればいい。だから』


 キースから、すべてを奪う。

 カタリーナは再び、彼が自分だけのものとなる時を想像し、恍惚とした表情を浮かべていた。

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