第32話 さらわれたニコル
キースは書面をぐしゃっと握りしめた。
そのただならぬ様子をスライムのブルーは見ていた。仲間たちはブルーの声を受けてすぐに集まった。
「キースさん。何があったんですか?」
アレンが訊ねる。しばらくの沈黙の後で、彼は口を開いた。
「ニコルが──さらわれた」
「えっ!?」
アレンはキースの手に握られた書面を取り、ゆがんだ文字を読む。
書面を書いた主。それはキースが”痩せ犬”と呼んでいる冒険者、ヨギだった。
彼はあの山での惨劇から生き延びていたのだ。
「こんな大金を要求してくるなんて……」
──3日後の満月の深夜。北東の広間に金をもってキースひとりで来い。俺は秘密を知っている。書面にはそう記載されていた。
「ぼく、ソフィ様に知らせてくるー!」
ブルーが跳んでいく。
「3日ありゃ、どうにか金は工面してもらえるだろう。しかし、キースひとりで来いって……あぶねぇ予感しかしねえな」
セブンが言った。
「秘密って……なんのことですか?」
聞いていいものだろうか、アレンは悩んだ。しかし『仲間』として知っておくべきだ。アレンはそう思い、切り出した。
「ニコルは、奴隷だ。いや、もう元奴隷というべきか」
キースは先日の出来事を皆に話した。
ニコルはもう奴隷ではない。隠している意味はなかった。もっともこの仲間たちは、ニコルが奴隷であることを知っても受け入れるに違いない。キースはそれを確信していた。
「ふぅん……もう奴隷じゃねぇってんなら、秘密にはなりえねーな。『この子奴隷でした』って言ったところで、奴隷紋がキレイさっぱり消えているんじゃ、なんの脅しにもならねー」
セブンが言う通り。それはもはや秘密になり得ないことだ。他に秘密があるということなのか。それとも単にキースに対する嫌がらせなのか。
そこにソフィが駆けつけた。
「……わしは冒険者協会にこのことを伝えてくる。中央都市でこんな問題を起こすとは、ヨギというやつは阿呆じゃな。念のため……金のこともわしがなんとかする。心配するな」
見た目は幼女だが、やはり大ギルドマスターとして頼もしい人だ。アレンはそう思った。
そう、リスクが高すぎるのだ。一生遊んで暮らせる金を要求しているわけでもない。金を手に入れて逃げるにしても、割に合わない目に遭うことになるだろう。中央都市の冒険者たちによって。
──やはり、何かある。
ヨギは狡猾で、せこい男だ。こんなバカげたことをするのは考えにくい。キースはヨギのことをよく知っていた。
「3日待つってのもあれだな。この都市のどこかに潜んでいるだろーから、探すか」
セブンが言った瞬間、矢が地面に落ちてくる。そこには手紙が括り付けられていた。
俺たちを探すな。探しているのがわかったら、ガキを殺す。魔法で探してもすぐにわかる。他の連中に知らせても殺す。殺して、その首を送り付けてやる。
セブンは舌打ちをした。舌はないが。
「こちらの動きは筒抜けってわけか」
「そのようですね。いたるところに【目】があります」
ユーリはその存在を感じていた。目には見えないが、そこら中から視線を感じる。とてつもなく淀んだマナだった。
「むぅぅ……困ったのぅ。とにもかくにも、わしは金を集めてくる! おぬしらは迂闊な行動を控え、待機しておくように!」
ソフィはそう指示をして走っていった。
ようやく。ようやく、ニコルの、自分の人生が開けたところだったのに。
ヨギ。オマエは絶対に、許さない。
キースは怒りに拳を震わせていた。
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