剣聖 そして 雷の短剣

 剣に振り回されるな。セブンはそう言うけれど、やはりゴッツさんの剣は……重い。


「修行用とはいえ。やっぱおまえにゃ合わねーよな、その剣」

「僕も……そう、おもう」

 息を切らせながら、僕は言う。


「今のおまえなら魔法の力を補助に使えば、その剣を自在に操ることはできるだろうけどな。まぁ、最後の最後は地力が頼みの綱だ。ということで続けるぞ」

 セブンは僕の剣と同じくらい大きなものを調達してきていた。

 セブンはそれを軽々と振るう。僕はそれを受けるので精いっぱいだ。打ち合いにならない。

「うーん。なんかおれもしっくりこねーんだよな。この剣がおれに合わないのか、そもそも剣が得意じゃないのか」

 そういうものの、セブンの剣さばきはそこらの剣士よりかなり手練れていると思う。


「──ところでアレンよ。あの子供、おまえの知り合いじゃねーよな」

「え?」

 僕はセブンの剣を受けながら、そちらに視線をやる。


 女の子?

 エクレールの友達だろうか。そう思ってエクレールを見ると、首をぷるぷる振っていた。

 手を止めた僕たちのところに、女の子は音もなくすぅっとやってきた。


「そのように打ち合って剣の修行をする者たちを久々に見た。それにその剣、もしやゴッツのものではないか?」

「え? あ、は、はい」

 女の子は懐かしそうに目を細める。

「やはりか。懐かしいな……。元気にしているのか、あの坊主は」

「は、はい。ものすごく元気で、今はルートの町のギルドマスターをやってます……けど」

「ほう。故郷に帰っていたのか。あの坊主がギルドマスターとは、さぞ立派になったのだろうな。今度行ってみるか」

 何なんだろうこの子は。ずいぶんと大人びた感じだけれど……。


「アレン。こいつは──剣師……いや、今は剣聖【ソードマスター】と言うんだっけか。世界に数人しかいないとされる、最高位の剣士だ」

「は……えぇ?」

「ほう。私のことを知っているのか。ん。貴殿は人間ではないのか」

「おう。おれはこういうもんだ」

 セブンは兜の面をぱかっと開けた。

 しかし、女の子は表情一つ変えない。


「ふむ。貴殿とは一度会ったことがあるな」

「ああ、戦場でな。あれは悲惨だったわ。一方的な殺戮だった」

「貴殿らが道を開けないのが悪い」

「おれは止めたんだぜー!」

 剣聖。存在は知っている。冒険者、特に剣士職であれば最終目標地点とも言える、誉れある称号だ。

 でも。こんな小さな女の子が剣聖だなんて。


「見た目はガキんちょだが、確かあれか、”自分の周囲の時を斬る”奥義だかなんだかを習得したから、年取らないんだっけか」

「そうだ。それが剣聖になる条件の一つでもある。私はこの肉体の年齢の頃に、その奥義を自然と会得してしまったのだ」

「天賦の才ってやつか」

「ふ。そんなよいものではない。自分で死ぬこともできず、ただ戦い続ける宿命。いつか私を剣で斬り殺すものが現れるその時まで、私は……。呪いのようなものだな、まるで」

 女の子は少し寂しそうに笑う。

「名乗るのが遅れたな。私はセナ」

「おれはセブン! 元の名は覚えてねえ! こっちはアレン!」

 僕は剣聖を前に硬直してしまい、頭を軽く下げるので精いっぱいだった。


「なるほど。修行のために合わぬ剣を使っているのか。単純な筋力鍛錬だが、効果的ではある。時にアレンとやら。貴殿、いくつになる」

「あ、はい。40歳です……肉体のピークは、過ぎています」

「ふむ。魔法使いなら活きる道もあるだろうが……」

「やはり、この歳で冒険者を始めるのは無謀だったでしょうか」

 セナさんはじっと僕の身体を眺める。


「貴殿がどう生きたいか。それが重要だ。剣士としての活躍は難しいかもしれないが、貴殿には色々な可能性がありそうだ。冒険者としては十分にやっていけるだろう。苦労はするだろうがな」

「それは……覚悟の上です」

 僕たちが話す傍で、セブンがエクレールを追い回して電撃をくらってる。何やってるんだあの二人。


「貴殿はあの雷の精霊と相性が良いのだな。あのように活き活きとしている精霊は初めて見た。ふむ、雷──そうだ、貴殿に相応しい武器がある」

 セナさんはどこからともなくそれを取り出した。

 ──短剣だ。


「これは『雷の短剣』という。伝説の雷獣の牙からつくられたもの。雷の力を増幅させるだけでなく、初級程度の雷の魔法であれば魔力なしで発生させることのできるレアアイテムだ。これを貴殿にやる」

「え!? そ、そんなすごいアイテムいただけ──あいたっ」

 いつの間にかやってきたセブンが、僕の脇腹を突いた。そしてひそっと小声で言う。

「おとなしくもらっておけ。そいつの機嫌損ねるとやべーぞ」

 僕はごくりと息を呑む。

「あ、ありがとうございます。いただきます!」

「うむ。今日はとても気分が良い。懐かしい名も聞けた。この記憶は斬らずにもっておいてよかった。それでは、縁があればまた会おう」

 そしてセナさんは音もなく去っていった。


 僕は緊張から解き放たれて、大きく息を吐いた。

「もう何百年って生きてるって話だったかな、あいつ。そんで【オートスキル】のせいで自分で命が絶てないから、生きるのがしんどくなってきたら思い出を”斬り捨て”ているんだとか。かつての仲間はもう誰もいないから、思い出すとつらいんだろうよ」

「なんだか……哀しい存在だねー」

 エクレールが僕に寄り添って、そんなことをつぶやいた。


 僕は手に握った、雷の短剣を見る。


 生きている限り。僕は名のある冒険者となり、ゴッツさんのように、セナさんに覚えておいてもらえる存在であろうと思った。


「っし。続きやるかー。強くなれよ、アレン!」

「……ああ、もちろん!」


 僕たちは剣を合わせた。


 金属音が鳴り響き、空に消えていった。



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