第8章 死が二人を分かつまで

第31話 解放、そして──

 あっ

 と言う間に温泉施設ができて驚いた。

 さらに居住区の拡張に、新ダンジョンのオープン。今ここには多くの冒険者たちが訪れていた。

 ミノさんが作ったダンジョンは『ちょうどいい』難易度のダンジョンだとかで評判だ。冒険者として必要な技術や知識が身に着けられ、最下層にたどり着くまでに中級冒険者レベルにまで成長できるような、そういった仕組みが用意されているらしい。

 居住区にはモンスターがそこら中にいるので、最初こそ嫌な顔をしていた冒険者連中だったが、今やすっかり打ち解けている。言葉が通じて、意思疎通ができるという点が大きいようだ。

 この居住区に移住を希望する冒険者も増えているという。もちろん、まだまだ多くの者に理解されるまでの道のりは険しいだろうが……。


「邪魔だすっとこどっこい。つったってねぇでそこどけさ」

「お、おう。すまない」

 アレンたちが連れてきた、ドワーフの里の長の娘……確か名前はユズユだったか。

 口が悪いのは間違って言葉を覚えたからであって、悪気があるわけではないらしい。

 ユズユはぺこりとお辞儀をすると、たたたと走っていった。どうやら今のは挨拶だったらしい。それにしても忙しそうだな。


「すごいですね、ドワーフさんたち。質のいい武器や防具も取り扱いはじめたみたいですよ。ちょっと欲しいなぁ」

 ニコルがやってきて言った。

「そのうち、金貯めて買うとしよう。そうだ、ニコル。一緒に温泉に行こうぜ」

「え? ぼ、ボクはいいですよ」

「せっかくだからついてきてくれ。オレ、一度も温泉ってモンに入ったことないんだ」

「は、はい。そ、それじゃあ……いきます」

 なんだか気乗りしなさそうなニコルを、オレは無理やり連れて行った。一人ではちょっと抵抗があるというか勇気がでないというか。巻き込んですまん、ニコル。


 ──。


 湯に浸かる……ということがこんなに気持ちがいいとは。

 ちなみにここに湧いた温泉は、傷や疲労を癒してくれる成分があるらしい。身に染みわたるなぁ。これはハマりそうだ。

「で、オマエはなんでそんなに離れたところにいるんだ?」

「い、いやあ、そのう」

「男同士なんだから、恥ずかしがるなって」

「き、キースさん! やめっ……あ」

 ガラにもなくじゃれつこうとしたオレが見たモノ、それは──


「ニコル。オマエ……奴隷……だったのか」

 ニコルは泣き出しそうな顔で、小さく頷いた。

「……ごめんなさい。隠すつもりは……なかったんですけど……」

 背中。左肩の部分の烙印は、奴隷紋。奴隷商人から逃げ出してきたのか。それにしても、こんな子供を……売り飛ばすなんて。

「……ごめんなさい、ごめんなさい! キースさん、ボクを見捨てないで!」

 オレが黙ってしまったので、ニコルは泣き出した。たまたま周りに誰もいなくてよかったが、オレはちょっとあたふたしてしまう。


「ニコル。オレはオマエが奴隷だからって見捨てることはしない。しかし、それを見たやつがどんな仕打ちをしてくるかわからないし、奴隷商人に見つかれば連れ去られるかもしれん」

 ニコルは悲しそうにうつむいた。

「温泉からあがるぞ。行かなきゃならない場所ができた」

「え……」


 温泉から上がったオレたちはある場所へと向かった。

 ここにはいるはずだ。あいつが。どこにいるかは、オレの【感知】が教えてくれた。



「久しぶりーだなー、キースー」

 間延びした声で、白髪の男が言った。こう見えてもまだ30代だったか。なんでもとてつもない恐怖を受けて髪が真っ白になったらしいが……今はそんなことはどうでもいい。

「ああ、久しぶりだな……ベン。早速だが、この子の奴隷紋を消してもらいたい」

「!?」

 ニコルがびっくりした顔でオレを見る。


「あー、かわいそうになー、奴隷かー。お前が買った奴隷――じゃーなさそーだなー。まー、深くは詮索しねーし、秘密は守るぜー」

「当たり前だ。守らねばどうなるかはわかってるだろ。で。できるのか?」

「できるさー。金さえーもらえばなー」

 オレは──ソレを差し出した。ベンの目が丸くなる。


「お前。これ……大事なモンじゃなかったのかー?」

「ああ。だが、いつまでも過去に縛られるわけにはいかない。オレはもう、前を向く。そいつにはまだ価値があるはず。そうだろ?」

「へー……ついにお前さんがねー。死神じゃなくなったってウワサはホントだったのかー」

「そいつはまだわからねーが、もう、囚われるのはやめた」

「そいつぁーいーことだー。おっと、釣りがねーなー。これじゃもらいすぎだー」

「釣りなんざいらないから早く消してやってくれ」

「慌てなさんなって。もう消えてるから」

「なっ」

 オレはニコルの服をめくって背中を見る。

 奴隷紋は跡形もなく消えている。


「へへっ。【皮膚移植】のスキルさね。おれがー唯一発現できたレアスキルさー。こんなスキルどこで役に立つんだーと思ったんだけどなー。思いのほかー役に立って、ウハウハさー」

 正確には『人体の一部』を別の人体に『転移』、そして『定着』させるスキル。医療系の超レアスキルだ。臓器を手術なしで移植することもできるらしく、闇の世界では重宝されているらしい。

 このベンという男はその能力を、奴隷紋を消すために利用している。ニコルのように逃げ出してきた奴隷や、奴隷から解放されたい連中にとんでもない【治療代】を要求しやがる。もちろん、奴隷たちにはその治療代をすぐには支払えないため、いいように働かされるわけだ。

 しかし、こいつは秘密は絶対に守る。死んでも口を割らないから、裏社会では信用されているヤツだ。


「そんじゃ、まいどありー。あんまりこっち側、くるんじゃねーぞー」

 きょとんとしているニコルを連れ、その場を去る。用が済めば長居は無用だ。


 居住区に帰っても、ニコルはまだきょとんとしたままだった。

「これでオマエは奴隷じゃなくなった。もし、奴隷商人がオマエを見つけても、そん時は背中を見せてやりゃいい。そんで人違いって言えばいい。おい、ニコル。聞いているのか?」


 無表情だったニコルの目から涙が溢れた。

 これまでどれだけつらく、不安な想いをしてきたことだろうか。

 しかしそれも、今日で終わった。ニコルにとって新たな人生が始まるのだ。


「オマエは、もう、自由だ。何にも縛られることなく──自由に生きろ」


 オレは泣きじゃくるニコルを抱きしめていた。



・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



 夜。

 誰もいない路地裏をベンは歩く。そしてを掲げて眺めて笑う。

「へへー。しかしまぁ、よくコレを手放したなーあいつー。ん? なんだー?」

 ベンはが妙な輝きを放っていることに気が付いた。

 そして彼は『声』を聞いた。どこかで聞いたことがあるような──。



 ゴキリ。ぶちぶちぶち。

 音がして、視界がぐるぐると回る。

 ベンは数秒後に気が付く。自分の首が、引きちぎられて、投げられたことに。


 ベンは暗くなっていく視界で見た。


 それは、不気味に嗤っていた。




 ぐちゃり。



 それがベンの聞いた、最期の音だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る