第23話 最下層での出来事

 10階層は大きな広間があるだけだった。

 中央には大きな宝箱が一つ。

 他にもちらほらと冒険者の姿があり、宝箱の中から赤いオーブを取り出している。


「おい……なんだあいつ」

「あいつ?」

「隅っこの方で丸くなってるやつ」

「獣人のガキか? パーティとはぐれたのか」

 冒険者たちが何かを話している。その視線は広間の隅に注がれていた。


 黒い毛並み。

 確かに獣人の子供のようだけれど、膝を抱えたままじっと動かずにいる。

「おい、ガキ。こんなところで何しているんだ」

「──ウガアァッ!」

「うおっ!? なんだこいつ」

 声をかけた冒険者に、牙をむけて威嚇する獣人の子供。

「相手にすんな。ほっとけよ。はやく戻ろうぜ。腹減っちまった」

「お、おう」

 冒険者たちは上の階へと戻っていった。


 獣人の子供は、金色の瞳で僕たちを……いや、僕を見ていた。


「アレンちゃん。あれ……昨日のヘルハウンドだよ」

「──えぇっ!?」

 獣人の子供が立ち上がり、毛を逆立てた。

「……ココデマッテイレバ、来ルト思ッテイタ。キサマノセイデ、オレ、主サマニステラレタ! コロス!」

 獣人の子供が走ってくる。そして──ぽかぽかと僕のお腹あたりをたたいた。爪もとがっておらず、全然痛くない。


「エクレール。この子、本当にあのヘルハウンドなの?」

「うん。アレンちゃんも感じるでしょ?」

 確かに、僕はこの獣人の子供から、あのヘルハウンドのマナというか波動というか、そういうものを感じ取っていた。でも、あの恐ろしいヘルハウンドが、どうしてこんな……。


 その時。セブンが獣人の子供……ヘルハウンドに剣を向けた。

「ガキのナリしてるが、今のうちに処分しておいた方がいいぜ、こいつ。邪悪の塊だ」

 ヘルハウンドから放たれる憎悪と殺意。黒いもやのようなものが身体から発せられている。


「きっとお腹すいて怒っているんだよ! ぼくのおやつあげるね! はい、飴ちゃん!」

 ブルーがどこからか飴を取り出して、獣人の前に差し出す。

 ヘルハウンドはくんくんと鼻を鳴らすと、飴をぺろりと口に入れた。

「……甘イ! ナンダコレ!? オイシイ!」

 一瞬にして殺意が消えた。


「他にもあるよー!」

「おま、どこにこんなおやつを。ダンジョン探索はピクニックじゃねーんだぞ」

 セブンがたくさんのお菓子を見て呆れたように言った。

 獣人は目を輝かせて、片っ端から口に入れていく。

「ふまい、ふまい!」

 口いっぱいにお菓子を詰めたヘルハウンドが何か言っている。


「どうするよ、アレン。おまえがやれないならおれがやるぜ」

「いじめちゃだめだよ! この子もきっと、みんなと仲良くなれる!」

「おまえなぁ」

 セブンとブルーが言いあう。


 僕は──


「ブルーに、任せてみようと思う」

「……ブルーに?」

 モンスターのことならモンスターに。

 このままヘルハウンドを放っておいたら、セブンの言うとおりに脅威になるかもしれない。後々のことを考えたら、ここで始末をつけるのが一番いいのだろう。

 けれど。無邪気に、嬉しそうに、おいしそうに……お菓子を頬張る子供の姿を見たら、なんだかわかりあえるような、そんな気がしてしまったんだ。


「モンスター居住区に連れて帰って、様子を見ようと思う」

「……ま、おまえがそう言うならそうするまでだ。後でフィーナには報告しておくか……」

「フィーナ?」

「ああ。今度紹介する……というかそのうち居住区に来るだろ。すげー変人だから気をつけろよ」

 すげー変人……気になる。個性的な人が多いなぁ。世界中心ともいえるこの場所だから、色々な人が集まるのは当然のこと。僕のようなこれといった個性のない人間はどんどん埋もれていくんだろうな……。


「ブルー。その子に色々と教えてあげてね」

「まかせて!」

 ヘルハウンドは僕が近づくと威嚇してくる。この子にとって僕は首を斬り落とした敵。やすやすと気を許すことはできないだろう。


 こうして。

 ちょっとした騒動はあったものの、僕たちは『赤いオーブ』を手に入れ、初級ダンジョン【ムツキ】を攻略することができた。


 僕たちはソフィさんに報告するために、ダンジョンを後にするのであった。


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