第21話 酒場にて

「すみませんでした。私としたことが……」

 ユーリが深々とお辞儀をする。

「いやー、心配しましたよ。全然戻ってこないので」

 クルスさんとゲイルさんは散々ユーリを探し回ったらしい。先に一声かけてくるべきだったと、僕たちは反省した。

「しかし【ムツキ】に潜るのは久々だったから、楽しかったな」

「そうですねぇ。思いのほかモンスターたちに苦戦しましたけどね」

 2人は怒るどころか、笑って見せた。


 僕たちは今、北の大ギルド(現・南の大ギルド支部)の近くにある酒場に来ていた。

 モンスター居住区に戻ったらキースさんたちも帰ってきていた。今日の冒険についての情報交換ついでに食事をしようということで、ここに来たのだ。そうしたらクルスさんとゲイルさんすでにここに来ていて、ようやく、2人をダンジョンに置き去りにしていたという事実を知ったのだった。。


「それにしても魔女っ娘の持っていたあのパンパンの袋はなんだったんだ。ダンジョンでの収穫……ってわけでもなさそうだったが」

 キースさんが思い出したかのように、ユーリに訊ねた。

「本です」

「本?」

 ユーリに引きずられて中央都市に戻った僕は、この都市で一番大きな本屋へと向かったのだった。新刊コーナーで立ち読みに没頭するユーリをどうにか動かすのに、もう10冊の本の購入を追加せざるをえなかった。

 貯金をそこそこ引き出して持ってきてよかった……。


「どんな本を買ったんですか?」

 ニコルが興味津々に言う。

「魔法学の文献をいくつかと、小説をいくつか。そして! 冒険王シリーズの最新刊!」

「えっ!? 完結していなかったんですか!?」

「私も驚きました。これまでも何度か加筆修正されたりしているのは知っていました。けれど、彼にあった人々が残した日記やその他資料から、これまでの冒険の軌跡以外の、新たな冒険の道のりが浮き彫りになったらしいのです。それをまとめて、さらに時系列ごとに整理することで、新たな冒険譚が生み出されたというわけです。巻にして5巻分。さらにこれまでの物語と整合性をもたせるために、新たなエピソードも創作されたようなのです」

「めっちゃ喋るじゃねーか……」

 驚くキースさんに、目を輝かせてうらやましがるニコルとブルー。ブルーは目がないけれど、なんかこう、全身が輝いている気がする。

「読み終わったら貸してあげますよ。楽しみにしておいてください」

「ありがとうございます、ユーリさん!」

「……その後でもいいから、僕にも読ませてください」

 と言ってみる。

「まさか!? あなたも! 冒険王のファン!」

「……はい!」

 僕たちはなぜかがっちりと握手を交わした。


「なんだかよくわかんねーが、仲良くなることはいいことだな」

「おう、いいことだぜ!」

 セブンが兜の面を少しだけ開けて、酒を飲んでいるのが見えた。……飲めるんだ。ガイコツなのに。



「──ずいぶんと賑やかね」


「……アイリス!」

 僕とエクレールが同時に言った。

 アイリスは仲間と思われる人たちと共に、僕たちの隣のテーブルにやってきた。


「あ。この人が例の【高齢のルーキー】!? ねぇ、あなた、40歳ってほんとう?」

 淡いピンク色の女の子が僕をまじまじと見て訊ねた。

「そ、そうだけど……」

「うける! あたしのパパより年上なんだけど!」

「リィン。失礼よ」

 ケタケタと笑うリィンという女の子がアイリスにたしなめられる。


「ふむ。ここには強者はいないようでござるな。控えめに言って──雑魚!」

 不思議な恰好……着物というものだったろうか。あれは、東の大陸の『サムライ』だろうか。黒い長髪を後ろで束ねたその女性は、背が高く凛としていた。

「アオイもちょっとは言葉を選びなさいよ……」

 アイリスがため息をついた。


「おっ、ゲイルにクルス。お前ら、まだ北のギルドに所属してるんだってな。はやく移籍してこいよ」

 青い髪を逆立たせた男が2人に向かって言った。

「そうですよ。あそこにいては、人生の貴重な時間を無駄に過ごすことになりかねません」

 僧侶のような恰好をした、金髪の細目の女性が続けた。耳が少しとがっている。エルフ……なのだろうか。


「あんたたち! この裏切り者!」

「あれ? エクレール、なんでそこにいんの?」

 リィンという女の子が、不思議そうに、エクレールをつんつんとつついた。

「アタシはこのアレンちゃんと契約したの!」

「えー? 確かにアイリスとの相性はよくなかったっぽいけど、乗り変えちゃうわけ~? そっちこそ裏切りものじゃ~ん! “このうらぎりもの”!」

「うぅうー!」

 リィンは意地悪く笑い、エクレールは今にも泣きだしそうになってしまう。


「そこまでにしておきなさい、あんたたち。いい加減に怒るわよ」

「……はーい。アイリスが怒ったら手がつけられなくなるしー」

「拙者は望むところ。一度本気で死合ってみたいと思っているでござるよ」

「まぁまぁ。雑魚どもに構っていると時間の無駄ですわ。それよりも早く打ち合わせをしましょう」

 アイリスのパーティ?はテーブルにつくと、何やら話し始めた。



「……キースさん、セブンさん、よくつっかからずに我慢しましたね。賢明です」

 クルスさんがひそひそと言う。

「実力差がありすぎて喧嘩にならねぇよ。一方的にボコされてしまいだ。ありゃ……手練ればかりだな。【上級冒険者】ってやつか」

 キースさんもひそひそと言う。


「それも限りなく特級に近い。あのアオイというサムライは、【特級】の域に達していますが、彼らとパーティを組むにあたり上級にとどまっているみたいです。私が殺しの技術を駆使しても寝首をかくことはできないでしょう」

 いまいちぴんとこないのだけれど、クルスさんは本当の本当に元殺し屋なんだろうか。

「ここにいる俺たちが束になったところで、まったく歯が立たないだろうな」

 ゲイルさんがちびっと酒を飲んで言った。


「エクレール、大丈夫?」

「……なんなのあいつら! いつもいつもむかつく! アイリスもアイリスよ! お礼を言おうと思ったけど、絶対に言ってあげないんだから!」

 エクレールが涙をごしごしとぬぐった。


 酒場の賑やかな雰囲気も、彼らが来たことによって緊張感が生じた。

 彼らは皆から一目置かれる存在であり、また恐れられているようだ。それがよくわかった。


「せっかくの酒がまずくなっちまったな。ここらでお開きにしようぜ」

 セブンの申し出に、僕たちは同意した。……味も感じるんだ。

「それじゃ、続きは帰ってから話し合うとするか。明日も行くんだろ? ダンジョンへ」

 キースさんが僕に言ったので、頷いて見せた。


 アイリスはこちらをチラリとも見ようとしない。わかっていたことだけれど──住む世界が違いすぎる。

 少しの間だけ、同じ空気を吸っていたからって、僕と彼女が対等になったわけではない。これが、本来の距離感なんだ。

 僕たちは彼らの話し合いの邪魔にならないよう、静かにその場を後にするのであった。



 そして次の日。



 僕たちはダンジョンに再挑戦する。


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