第19話 魔法の授業

 中央都市から出て少し南に行ったところに草原があった。

 ここならいいでしょう、とユーリが足を止め、僕に向き直った。


「魔法。それは本来、人間が持ってはならない禁忌の力であることを理解しておいてください」

「禁忌の力……」

「何もないところから炎や雷などが生成できるはずがありません。一般に魔法使いと呼ばれる存在は、魔法というよりは召喚術を使っているというべきでしょうか。炎や水などそのものを、あるいはそれらに宿るマナを召喚し、集めて、増幅させ、放つ。強力な魔法を生成するほど、魔力の消耗が激しくなります。しかし、精霊と契約した人間はそうした過程を行わずに召喚できます。精霊と精霊同士がマナを介して繋がりあっているからです。どれだけ遠くに雷雲があろうとも、その近くに精霊がいれば、他の精霊……またはマナを経由して、その力を受信することができます。そこの雷の精霊……エクレールが『雷のマナをちょうだい』という情報を発信すれば、それを受信した別の雷の精霊がマナを集めてエクレールに送ります。世界中、どこであってもその過程は一瞬で行われます。あなたとエクレールが相性がいいのは、あなたの中に雷のマナが存在するからです。それもかなりエクレールに近しいもの。契約によって、一心同体になったとも言えるでしょう。ゆえに、エクレールが受け取ったマナの力をほぼ負担もなしに扱うことができます。あなたが思うままに、その力を使うことができるのです。もちろん、強力な魔法を使うにはそれなりの代償が必要となります。負荷に耐えられる精神力と魔力。それは筋肉のように鍛えれば強くなるというものではありません」

 すらすらとユーリが語る。その内容は僕にはよくわからない。


「単純に、世界中の精霊同士はつながっていて、あなたはその力を引き出せる……ということだけ覚えておいてください。では次に、マナというものを感じてもらいましょうか。話すよりも体感してもらった方が早いでしょう。目を閉じてください」

 目を閉じる。

「力を抜いて、委ねてください」

 力を抜く。


 突然の浮遊感に、僕は驚く。

「動かないでください。そのまま、委ねて」

「だいじょうぶよ、アレンちゃん。アタシがついているから、何が起きてもびっくりしないでね。信じて」

 エクレールの声が聞こえる。それは頭の中に直接響いてくるようだった。

「それでは目を開けてください。心を乱さないように」

 僕は恐る恐る目を開ける。


 ──心を乱さないと言ったって、これは無理だろう。

 なんていったった、僕は空高くに浮いているのだから。地面が遠くに見える。怖い。

「アレンちゃん。アタシがここにいるから、何も心配しないで。怖がらないで」

 僕の身体が光に包まれているようだった。それがエクレールだと、僕にはすぐにわかった。


 光は一直線に伸びていく。別の光の線が、僕に繋がる。いくつもいくつも、流れてくる。

 ふと、ここではないどこかの風景が見えた。それは次々と切り替わっていく。目が回る。気持ち悪い。


 誰かがモンスターと戦っていた。そこに光──マナが流れていく。

 誰かが傷ついていた。傷にマナが流れて、癒えていく。

 感情が流れ込んでくる。悲しい、苦しい、楽しい、嬉しい……。


 あれは何だ──怖い。嫌だ。嫌だ。嫌だ。気が狂いそうだ。頭が破裂する。

「いけない。アレンちゃん、アタシだけを感じて。ここにいるよ」

 僕は優しいぬくもりに抱きしめられて自分を取り戻した。全身が汗でびっしょりだった。

「感受性も強いようですね。ここまでにしておきましょう」

 

 気がつくと、僕は元の場所に戻っていた。いや、身体はずっとここにあったんだ。意識だけが切り離されていたことを、僕はなぜだか知っていた。

「マナのつながりは理解できましたね? このイメージが、あなたが魔法の力を制御する上で大きな役に立つことでしょう」

「すげーな! マナってやつは!」

 なぜかセブンが言った。彼もさりげなく『あの世界』を体感していたようだ。

「あなたは規格外の存在ですね。死んでいるのに、生きている」

「生きているのに死んでるとも言えるぜ!」

「一体その状態は何なのでしょう……マナが複雑に……とても興味深いですが、今は置いておきましょう。ええと……そうだ、アレンさん。私に向かって雷の魔法を放ってみてください」

「えっ」

「魔法防壁を張っているので遠慮なく」

 魔法防壁……魔法を防ぐ魔法といったところだろうか。


 マナのつながりを……イメージ。僕はさきほどの光景を思い返していた。

 雷雲が見える。雷鳴。激しい雷が駆け抜ける。それは地面に落ちていく。

 僕の手のひらから、雷が奔る。雷はユーリの前方で、弾けて散った。


「……見事です。精霊に選ばれるだけのことはありますね。その感覚を忘れないでください」

 すごい。これが──魔法、か。

「強大な力に溺れることなく、学ぶことです。多くを知ることです。そうすれば正しい道が開けるでしょう」

「……ありがとう。ユーリ」

「こんなところでいいでしょうさていきましょうか」

 ユーリが僕の腕をがしっとつかんで引っ張った。

「約束忘れていないですよね? じゅ……20冊本を買ってくれるんですよねさぁいきましょう」


 あれ?

 10冊の約束だったような。

 まぁ、いいか。対価としては十分安い。僕はたぶん、他ではできない貴重な体験ができたと思う。


「エクレール」

「なぁに? アレンちゃん」

「大丈夫だから。僕はもっと力の使い方を学ぶから、だから……不安にならなくていいからね。変わらず、これからも僕に力を貸してほしい」

 僕はユーリにずるずると引きずられながら言う。ものすごい力だ。魔法で強化しているみたいだこれ。


 エクレールは少し驚いたような顔をした後で、笑った。

「……アレンちゃん! だ~いすき!」

 エクレールの小さなキスがいっぱいとんできた。


「おーおー、モテる男は大変だな」

 すでに遠くの方でセブンがものすごい他人事のように言っているのが聞こえた。


 あれ。そういえば、何か忘れているような気がする。なんだろう。もやもやする。





 ゲイルさんとクルスさん。




 2人をダンジョンに残してきたのを忘れていました。そう、ユーリがぽつりと言ったのは、夜になってからのことだった……。




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