第15話 宿敵あらわる

 なんだろう。さわがしいな。

 5階層。他の初級冒険者たちがざわざわと何か話している。


「あんなバケモノがいるって聞いてないぞ」

「このダンジョンのマスターじゃないか?」

「いや、それなら9階層にいるはず」

「上の階まで上って来たのか?」

「階の移動ができないように、各階段にはモンスターが通れない結界が張ってあるってきいたぞ」

 見ると、大怪我をした冒険者たちがたくさんいた。手強いモンスターがこの先にいるようだ。


 ──なんだ、この悪寒は。

 僕はを知っている。

 まさか。


「や、やつが来たぞ!!」

「やってられるか! 逃げるぞ!」

 みんな、逃げていく。僕はそこから動けずにいる。


「げげっ。あいつは!」

 エクレールがその姿を見て声をあげた。

 なんでこんなところに出てくるんだ。

 僕はこのモンスターに好かれているのか。それとも、乗り超えないといけない試練なのか。

 

 そういえばあの時、すでにその姿は消えていた。『あいつ』には喰われていなかったはず。ということは──逃げて、ここにたどり着いていたのか。それにしてもこんな偶然があるのか。

 さすがにこれは別の個体だろう。 

 そう否定したいものの、僕はすでに直感していた。間違いない。こいつは、あの時の──。


「ヘルハウンド……」

 僕はその名を呼んだ。声は震えていた。


「アレンちゃん! こいつ、あの時のヤツだよ! フェンリル種!」

「……やっぱり」

 やはり、別の個体ではなかった。

 ヘルハウンドは僕の姿を見ると、にやりと笑ったようだった。

「え、なに、あいつ知ってるの?」

 セブンが僕とヘルハウンドを交互に見る。

「ちょっとね……」

 別の個体含めて、3回目の遭遇だ。こんな短期間に、ありえない。

「でかいヘルハンドだなー。フェンリル種……おお、思い出した気がする! ってそこそこやべーやつじゃねぇか! 逃げた方がいいぞこれ」

 もちろんそのつもりだった。けれど、もうこの距離だと、逃げようと後ろを向いた瞬間に喰いちぎられてしまうことだろう。


「【英霊の盾】!」

 セブンが飛びかかってきたヘルハウンドの牙を英霊の盾で防ぐ。また違った形の大きな盾が出た。ヘルハウンドは再び距離を取る。

「──オレノ獲物、ニガサナイ」

「このいぬっころ、しゃべった! あ、おれもしゃべるわ、ガイコツなのに」


 この因縁は、断ち切らなければならないらしい。でも僕たちに勝ち目はない。

 ルートの町を出る前に揃えていたアイテムでは対処できないだろう。そしてこいつには雷が効かない。


「とにかく、遠距離攻撃でけん制しつつ、上の階へ向かうしかねー! アレン、お前も適当にぶっ放せ! 【シュート】!」

「わ、わかった! 【サンダーボール】!」

 石が、雷の球が飛ぶ。ヘルハウンドはそれを物ともしない。

「石じゃだめだー! くそう、飛べ! おれの剣!」

 セブンがロングソードを投げた。ヘルハンドの体毛はそれを弾く。

「どうなってんだ、あいつの毛! ちっくしょー! アレン、そのでかい剣かしてくれ!」

 僕はセブンに剣を渡した。セブンは軽々と剣をふるう。筋肉とかないのに、どうなっているんだろう。

「おっ! これはなかなかいい剣だな! おらぁっ!」

 なんて軽い身のこなし。剣さばきも見事なものだった。僕は後方から【サンダーボール】で支援する。それでもヘルハウンドにはまるで歯が立たない。


 ──その時。

 思わぬ援護が僕たちを救った。


 ヘルハウンドの下の地面がボゴッとへこんだ。ヘルハウンドの動きが止まる。

「なんて邪悪なマナ。こちらに来て正解でした。危ないところでしたね」

「キミは……ユーリ!」

 ゲイルさんとクルスさんと行動を共にしていたはずの彼女が、杖を掲げてそこに立っていた。

「やはりこの地で何か起きているのは間違いない、か。浄化します」

 ヘルハウンドが地面に沈む。苦しそうに、口から泡を吐いている。

「あれは、重力魔法。かなり高度な土属性の魔法……だったような気がするぜ!」

 セブンがぜいぜいと息を切らせながら言った。酸欠するガイコツ……。


 バキバキバキと、骨が折れる音が響き渡る音に、僕はたぶん嫌な顔をしていたと思う。ヘルハウンドは手足や身体を変な方向に向け、白目をむいている。


「これで──終わりです」

 ユーリがぶつぶつと唱えた。

 瞬間。全身の骨が砕かれているはずのヘルハウンドが、そのままの姿勢で跳んだ。

 ユーリのところまで一直線。その頭をかみ砕こうと、大きな口を開けているのが見えた。


 ──間に合わない。距離がありすぎるし、一歩踏み出す間に、ヘルハウンドはその口を閉じていることだろう。


 僕はまた、何もできなかったのか。どうして……こんな……こんなことばかりが起きるんだ。


 ?


 時が止まったかのようだった。みんな、ピタリと静止している。

 僕は足を踏み出す。動ける。これも……魔法?

 僕はセブンの持っている剣を手に取り、ヘルハウンドに斬りつけた。




 ──時が再び動き出す。

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