第9話 スキル発現(前編)
奥に祭壇のようなものがあり、女神の像が立っている。
「あ、これわしの昔の姿な」
「はい?」
「アレンとセブンは聞いておったな? あの女狐がわしに『女神という素晴らしい地位を捨てて人間に転生なんてしなければ、こんなみじめな想いしなくてすんだのですわ』と言っておったろ」
ソフィさんが先ほどのフレーシアさんのセリフを声を真似て言う。ちょっと似てる。
「わしは女神のひとりじゃった。こちらの世界には直接干渉できず、ただ眺めて、時々助言を授けたり、力を与えたり。それ以外はなーんもない生活じゃった。それがこの世界が終わるまで永遠に続くのじゃ」
それにずっと耐えなければならないのはしんどいぞ、とソフィさんがかなしく笑う。
「わしはおぬしら人間がうらやましくてな。短い生を懸命に、面白おかしく生きるおぬしたち人間が。むろん、楽しいことばかりではない。困難もある。それさえも楽しく乗り越えていく、冒険者たち。ああ、わしはこの者たちと生きていきたい。笑いあって、楽しく。それで、人間になったのじゃ」
女神が人間に?
どう受け止めていいのかわからない話だ。
「信じられんのも無理はないのぅ。一つ証拠を見せよう。すまんが、わしの前でひざまずいてくれんかの。届かないのじゃ」
「はい?」
とりあえず言われた通り、僕はソフィさんの前にひざまずいた。
ソフィさんは僕の額に手を置く。なんだかそこがぽわっと温かくなっていく。
「ふむ。おぬしは道具屋を営んでいただけあって、くりえいてぃぶ……創作系のスキルが成長しやすいようじゃな」
「ほう、鑑定眼ってやつか」
後ろでセブンが言うのが聞こえた。
「わしの鑑定眼は大したことはない。そういうことがちょっとだけわかるくらいじゃ。真骨頂はこれからじゃ」
いきなり、ソフィさんは僕の額に口づけした。すると、全身がびりびりと痺れた。
「あいたた……今のは? エクレールの電撃じゃないよね?」
エクレールは何もしていないよと、ふるふると首を振った。
「おぬしのスキルが発現したのじゃよ」
「──スキルが!?」
「うむ。女神の頃の力の名残なのか、『人間として』のわしのスキルなのかはわからぬが……こうして冒険者の潜在能力を引き出し、一つだけスキルを発現させることができるのじゃ」
それをギルドの『契約』の儀式にしているのだとソフィさんは続けて言った。
これを目当てでギルドに入って、すぐにギルドから脱退、移籍をする冒険者も多いのだとか。それはそれで構わないとソフィさんは笑う。
「ずいぶん太っ腹な元女神サマもいたもんだな」
金だってとれるだろうに、とセブンが呆れたように言う。
「冒険者が少しでも生きる確率を上げてくれるのであればそれでよい。そもそも女神であったころも見返りを求めたことなどなかったしの」
なんだか、僕は今、すごい人に出会っているのかもしれない。
「そ、それで僕の、僕の発現したスキルは何なんですか?」
「雷の魔法じゃな。てっきりくりえいてぃぶ系のスキルが目覚めたと思ったのじゃが……もしかしたらそっちはすでに発現しとるのやもしれんの」
思い当たる節があるような……って雷の魔法!?
驚く僕を、雷の精霊エクレールがじっと見つめてくる。
「──見つけちゃった」
「え?」
「……そっか。だからアイリスは……」
エクレールは無言で、じっと僕を見ている。そしてそのまま黙ってしまった。
「どんな魔法が使えるのかは、後でそこのエクレールに聞いてみるとよい。さてお次はと」
ソフィさんがセブンの前に立った。
「おれ? モンスターだけど、スキル発現すんのか? ってかおれ、なにかスキル使えたような」
「まぁ、見てみるとしよう」
えっ、モンスター? と事情を知らないキースさんたちが少しざわつく。スライムのブルーはともかく、セブンの着ているあの鎧だけ見れば、まさか中にガイコツのモンスターがいるとは思わないだろう。
セブンがひざまずく。ソフィさんが先ほどと同じように、その額に手を置いた。
「典型的な、たんく、ってやつじゃな。パーティの盾的存在。戦闘系のスキルがいくつかありそうじゃな。何か発現するか試してみようかの」
そういって、ソフィさんがセブンの兜の額の部分に口づけをする。
「……おお! 何か力が湧いてくる! と思ったら気のせいだったぜ!」
「いや、ちゃんと発現しとるの。──【英霊の盾】? 初めて見るスキルじゃの。まあ、後で試してみるとよい」
「よくわかんねーけど、わかったぜ!」
「つぎ、ぼくー!」
セブンを押しのけるように、スライムのブルーが飛んできた。
「ぷるぷるで冷たくて気持ちよいのー。わしのクッションにならんか?」
「くっしょん? ぼくがなりたいのは冒険者!」
「わかったわかった。ほい」
ソフィさんがぷるぷるに口づけする。
すると──なんとブルーの姿がソフィさんそっくりになった。
「わ、わ、なにこれ!?」
「擬態、じゃな。魔界におった最高位のスライム種が、人間を油断させて狩るために、人間に擬態しておった……という話は聞いたことがあるの」
「びっくりした! でも、これで武器とか持てたりしそうだね!」
ふいん、とブルーが元のスライムの形態に戻った。飛び跳ねて嬉しそうだ。
スキルの授与は、続く。
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