第4章 骸骨は乞う

『7』

 目が覚めたらガイコツだった。

 何を言ってるのかわからねーと思うけど、おれも何がなんだかわからねー。


 しばらくすると記憶が戻ってきた。あ、おれもともとガイコツだったわ。その前のことは知らんけど。

 魔王軍の下級騎士として、人間どもと戦ってたんだったっけ。足元に剣と盾が落ちているのをみて、そんなことを思い出した。おれはそれを拾って手に取る。なんだかしっくりくるな。


 ええと。魔王サマはやられて、それでどうなった?

 おれをよみがえらせたネクロマンサーの……名前なんだっけ。あいつもやられて、魔力の供給源を失ったおれは動けなくなって……よくわかんねーや。


「こんにちは!」

 元気のいい挨拶が聞こえてきた。

 すぐ近くに最下級モンスターであるスライムがいた。青くてぷよぷよしているな。つやつやてかてかだ。

「ってかしゃべれるのか、おまえ」

「うん!」

 最近のスライムはしゃべるのか。そうか。

 そもそもおれもしゃべるしな。骸骨なのに。どっから声でてんだこれ。ま、いっか。


「そんで、ここはどこなんだ」

「ここ? ここはえっと、ちゅーおーとしってとこの、モンスターきょじゅうく? ってところだよ!」

 中央都市? モンスター居住区?

 ん? 中央都市っていったら、冒険者たちの最大の拠点じゃねーか。なんだってそんなところに。


「うっわー! まった新しいモンスターが出てきてる! 今回の遠征は大収穫だー! やったー! これでまた図鑑に記録できるー!」

 いきなり後ろからわーわーと歓声が飛んできた。

 人間の……若い女? 女だよな、たぶん。

 いや、何か服がぼろぼろだし、髪はぼさぼさだし、顔は汚れているし、なんかくさいし。あれ? においも感じる。おれ、骸骨なのに。もともと感じてたっけ?


「アナタ、お名前は? なんのモンスターなの?」

「ええと、名前? 名前……あったっけかなー。モンスターというか、ネクロマンサーによみがえらされ白骨死体というか」

「ネクロマンサー!? じ、実在したの!? すっごーい!」

 なんだこいつ。変なやつだな。

 それにしても名前、名前。なーんかここまで思い出しかけてるんだけどなー。


「ぼくのなまえはブルーだよ!」

 いきなりスライムが言った。

「ブルー?」

「うん! いかいのことばで“あおいろ”っていみなんだって!」

 いかい?

 ああ、異界の言葉か。いつからかわからねーが、異界の言葉は当たり前のようにこの世界でも使われていて、日常に溶け込んでいる。どれが元々のこの世界の言葉で、どれが異界の言葉なんだかもはやわからないくらいだ。

 ってそんなことはどうでもよくて。いや、そもそも名前なんてどうでもよくて。


「あれ? アナタの腕に何か刻まれてる!」

「あん?」

 おれは人間の女が見ている、おれの右腕を見てみた。


 ──7。

 数字の7。


 なんだこれ。こんなもの、おれの右腕にあったっけ?


「7……なな……数字の7は、異界言葉で“セブン”。あなたの名前は、セブンね!」

 びしっと人間の女が言う。

「せぶん! かっこいいなー!」

 スライムが羨望のまなざしでおれを見てくる。どこが目かわからんが。

「いや、名前はどうでもいいから、ここ、中央都市ってところなんだろ? モンスターの居住区って何だ。まさか、人間とモンスターが共存でもしようってのか?」

「そのとーり!」

 人間の女が、びしっとおれを指さす。人を指さすな。人じゃないけど。


「といっても、人間と意思疎通ができるモンスター限定! モンスターの種族の中には、人間が知り得ない知識や技術を持つ者たちがいてね! 仲良くして、それを教えてもらおうって魂胆だよ!」

「……はぁ」

「それは建前で、ホントはモンスターの生態が知りたいんだよね! 謎に満ちたモンスターの生態を解き明かしたい! その一心でワタシはこの中央都市にある四つの大ギルドのマスターたち全員を説き伏せ、この居住区を設ける許可を得たのよー! さっきの建前を前面に押し出して! すごいっしょ!」

 よくしゃべるやつだなー。

 そういや、図鑑がなんとか言ってたな。生粋の変人ってわけだな。


「それにしても、どうしてアナタは急によみがえったのかなー? ここの土はダンジョンから持ってきたもので、その中にアナタは埋まってたんだろうけど……」

「そういえば、さっきここのおはなにおみずをあげてたんだよぼく」

「水! 喉が渇いてたんだね!」

「違うと思うが」

 魔力切れのおれは、どっかのダンジョンで倒されてそのまま……。ダンジョンで倒れたっけ、おれ? まぁ、おれがここにいるということはそういうことなんだろう。


「しかしな、おれは魔力の供給源、主たるネクロマンサーなしではうごけねーはずなんだよ。それもわりと近くにいないとダメなんだけどよ。どういうことだと思うよ?」

「魔力の供給なしで動くし、声帯もないのに喋る人間の死体のモンスター……謎だらけだ! 実に興味深い! ねえ、ちょっとばらばらにしてみてもいい? アナタのことを隅々まで研究させてよ! いいよね? いいよね?」

「ひぃぃぃ」

 なんだこいつ。【上級冒険者】とは戦ったことがあるが、その時でもこんな恐怖を感じたことはなかったぞ。やべーな、こいつ。


「それくらいにしておけ、フィーナ。そろそろ時間ではないのか?」

 ずしんずしんとやって来たのは──こいつは驚いた。ミノタウロスじゃねーか。しかもクノッソス種……【ダンジョンメーカー】!


「あっ! いっけなーい! そだ! この新しい仲間、セブンも連れていこ!」

「ガイコツ剣士……いや、騎士か。まぁ、いいだろう」

「あの、えっと。なんのお話?」

「えっとね。これからこのミノさんが作った、人間とモンスターたちのためのダンジョンに潜るんだ!」

「はぁ」

「……人間とモンスターが初めてパーティを組み、共に冒険をするという試みだ。モンスターたちにとっても新たな娯楽……いや、生き甲斐か。そうなればよいと思い、フィーナが提案したものだ」

 フィーナと呼ばれた人間の女より、このミノさんの方がずっと知性的に見えるな。

 ものすごくごっついのに溢れる紳士的オーラ。おれが知っているミノタウロスはザ・粗暴って感じだったが、やっぱりクノッソス種は格が違うのかねー。

 ってかミノさんってネーミング、安直すぎじゃねーか?


「人間の冒険者たちはすでにダンジョンの入り口で待っているぞ」

「やば! はやく行かなきゃ! それじゃ、ミノさん、セブン! 冒険の……始まりだよ!」


 いや、おれは。

 ミノさんがおれの肩を軽く叩き、首を振って見せた。

 あ、なに言っても無駄なのね。おれは察した。


 こうして色々とわけがわからないままに巻き込まれていくおれなのであった。

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