第3話 そして始まる物語

「私の判断の誤りです。どのような理由があれ、この大陸で他の人間を生かしておくべきではなかった」

 あの時。

 冒険者グレイから感じたマナは清らかだった。

 彼は純粋に『悪』だったのだ。良心の欠片のない、清らかな悪。判断を誤らせた要因の一つだった。

『誰も予測できんよ。森人たちには気の毒なことじゃが、これもまた運命さだめ。避けられぬものじゃ。しかし、これまでにない異変が起こりつつあるのも事実じゃ』

「……はい」

 私は世界樹に触れる。

 マナが無数に集まる場所。そこが淀みつつあるのがわかる。

 私は頭の中の世界地図と照らし合わせてみる。


 そこは『中央都市』と言われる、外界の世界最大の都市。冒険者たちにとって始まりの場所であり、終わりの場所でもある。世界最大級のダンジョンがあるのもここだ。


「世界樹様。私はこの場所に行き、大いなるマナが乱れている原因を探ります。ここに私の代わりを置いていきます」

 私は私にそっくりな人形──ゴーレムを召還した。長年に渡り創り続け、あらゆる知識を植え付けた、私よりも完璧な私。感情に揺さぶられることなく、何か問題が生じても、私のように判断を誤ることはないだろう。


『これも運命さだめ。ユーリよ。思うがままにゆくがよい。その先に道はある』

「けっ。運命なんて信じるかよ。んなもん、てめえの手で切り開くもんだろ」

 私は右眼を抑える。

『ほっほっほ。相変わらずじゃの。お主がいれば安心じゃな。ユーリのことを任せたぞ』

「……けっ」

「す、すみません。それでは、行ってまいります」


 私は旅立つ前に、ルーのところへと向かった。

 彼はきっと、私のことを許さないだろう。それ以上に、自分のことも許せないはずだ。最悪の事態だけは避けたいところだが……。



「ルー」

 私は、雨に濡れているその背中に声をかける。

 ルーは振り返らない。


「……ユーリ様。おいら、あいつを殺す。あいつを許さない」

「憎むのなら、私を憎みなさい。これは私が招いたことでもあります」

「……ユーリ様はこれまでずっと、おいらたちのために尽くしてくれた。ひどいこと言ったひともいたのに、嫌な顔一つしないで……。だから、おいらは……憎まない。けど、みんなは……。声が聞こえるんだ。みんなが怒っている声が。だから、次あう時は……殺さなきゃいけないかもしれない。だから、おいらのことは探さないでね」

「ルー……」

 憎しみが、ルーの心を黒く染めている。マナが黒く変異し、そして哭いている。

 私には何も言えない。言う資格はない。


「ルー。生きて……生きてください。いつの日か、また……」

 ルーはやはり振り返ることなく、歩いて行ってしまった。


 あっけなく崩れてしまった、私たちの日常。

 もう戻らない日々。


「やっと、退屈な日々が終わったな」

「……うるさい」

「けけけ。本当はワクワクしてんだろ?」

「……うるさい」

 私はあの穏やかな日常が好きだった。世界樹の温かい世界で、本を読んで過ごす日々が好きだった。それなのに。


「……さようなら、みんな。大いなるマナのもとで、また会いましょう」

 私は目を閉じる。


 私は世界中に広がっている、世界樹の根を頭の中にイメージする。

 そして、辿る。黒いマナを。阻害してくる存在を、私は払いのける。



 ──見つけた。いける。


 私は『転移』する。



 私の『物語』が、ここから始まった。




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