外道

 ──様子がおかしい。

 以前来たときはこんなに『暗く』なかった。明るさの問題ではない。マナが激しく乱れている。

「ひっ!? ほ、骨!?」

 がしゃりと、ルーはそれを踏んだ。

 森人の、骨だ。

 まさか。


「あらぁ。アナタが直接来るなんて珍しいわぁ。今夜はごちそうかしらぁ。うふふふふふ」

 上からさかさまに現れたのは──例の『厄介な』流れ者のアラクネだった。


 アラクネ。下半身が蜘蛛で、上半身は人間の姿をした、通称『モンスター』の種族の一つ。

「あなた……森人を……食べたの!?」

「そうよぉ。とおっても不味くてぇ、喰えたもんじゃなかったわぁ。でも、あなたが送ってくれるご飯よりはおいしかったわねぇ」

 アラクネはすっと地面に降り立ち、私たちと向かい合った。


 瞳の色が、以前とは違う。こんなにも邪悪な『黒』ではなかったはず。それにこのマナは……。

「ルー。目を閉じていなさい。あのひとを見てはダメ」

「う、うん!」

 ルーは私の言うことにすぐ、素直に従った。ルーにとって、私が言うことは絶対なのだ。

 アラクネは舌打ちをした。

「すぐに気づくなんてつまんなぁい。あら、アナタは大丈夫なのね、ユーリ」

「【魅了】のスキルまで発現させているなんて。ここで一体、何が……」

 命を奪ったものは、処罰しなくてはならない。

 このアラクネに何が起きたのかわからないが、邪悪は払うしかない。


「ユーリちゃん。わたし、人間を食べてみたいのぉ。人間を食べる前にここに流れついちゃったでしょぉ? だから、まだ食べたことがないのよぉ。ね、ちょっと味見させてぇ」

 周囲に気配が。

 生き残りの──森人たち。いや、もうアラクネの【魅了】に骨抜きにされた傀儡か。

「……これ以上、私を怒らせないで。冷静で……いられなくなる」

 右の眼が熱くなる。危険信号だ。

 感情的になっては駄目だ。私は深呼吸をする。


「ゆ、ユーリ様」

「大丈夫。そのまま目を閉じていなさい、ルー」


 私は魔法で森人たちに足かせをして動きを封じた。

 しかし彼らは動いた。

 ……持っていた刃のようなもので、お互いの足を斬り飛ばし。腕で這って、私たちに向かって動き出した。

 その様子を見て、アラクネは笑っている。


「──このヤロウ。どうやら死にてぇみたいだなあ!」

 私の中から、私の声でないものが発せられた。

 まずい。

 非常にまずい。


 アラクネの笑みが止まった。

「今のは、なぁに?」

「てめえが悪いんだぜ。オレ様を怒らせちまったんだからなあ! この外道が!」

 右眼が熱い。焼ける。

 炎が、青い炎が噴き出す。


「きゃあああぁぁっ!?」

 アラクネの顔が焼ける。肉の焦げた臭いが……気持ち悪い。不快だ。

「いや、香ばしいじゃねぇか。フハハハハハッ!」

「な、なんなのぉ!? アナタ、なんなのぉ!」

「オレ様はオレ様だ。さて、どう料理してくれようか。蜘蛛料理なんざ、不味くて喰えたもんじゃねぇんだがなー。フハハ!」

「……っ!」

 アラクネが跳躍した。すごい速さで逃げていく。

「おい、止めるんじゃねぇ! あの蜘蛛をぶっころ……くぅぅ……」

 私は右眼を『凍らせた』。あれしきのことで心が乱されるなんて、私も修業が足りない。


「ね、ねえ。ユーリ様、何が起きているの? だ、大丈夫? 今の声、誰!?」

 なんていい子。ルーはずっと目をつぶっている。見なくてよかった。私の右眼に宿る『こいつ』を見られていたら……危ないところだった。ルーの命は、奪いたくない。

 私は魅了が解けて抜け殻になった森人の姿と血の匂いを消した。

 この森は自然と浄化されるまで、長い期間閉ざさなくては駄目だ。私は結界を張った。


「もう、目を開けても大丈夫です。危険は去りました」

「は、はい」

「何が起こったのかはあなたは知らなくていい。それよりも早く薬草を採取して戻りましょう」

 ルーは不安そうな表情で、こくりと頷いた。


 薬草はすぐに見つかった。

 ひとまずあのアラクネは、ルーの父親を治療してから対処することにした。

 世界樹のもとに戻れば、あのアラクネがどこにいても簡単に対処できるはずだ。



 そうして森の深部を後にし、集落に戻った私たちを待ち受けていたのは──



 絶望的な光景だった。

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