森の深部へ
ルーの父親は──風邪だった。『人間が罹る病』だ。
外界と断絶されているに等しいこの大陸には存在しないはずの菌。それが意味するところは一つ。
冒険者グレイが持ち込んだのだ。といっても不可抗力ではある。人間なら体内の抗体が弾くような弱い菌も、ここの森人たちにとっては毒になり得る。そのことを告げたら、森人たちはグレイを八つ裂きにするかもしれない。これは伏せておいた方がいいだろう。この土地で血を流してはならない。彼からもっと冒険の話を聞きたいという私情を抜きにしても、”ケガレ”が生じるのは避けたい事態だ。
「ユーリ様。とうちゃんは……」
「……このままではよくないですね。薬が必要です。この病は少し特殊なので、いくつかの薬草を調合しなければなりません」
森人用の薬はある。しかし、人間の風邪に効くような薬はここには必要なかったので作っていなかった。
人間なら風邪で命を落とすことはほとんどない。栄養を摂って安静にしていればいい。だが、森人は人間とは体のつくりが違う。適切な治療が必要だ。
横たわるルーの父親の息は荒く、熱でうなされている。今日中に対処しなければ手遅れになるかもしれない。
「ユーリ様、必要なものがあればおいらがとってきます! だから、とうちゃんを助けてください!」
「森の深部に行かなければなりません。危険なので、私が行きます」
「お、おいらも連れて行ってください!」
「……まあ、いいでしょう。すぐに出発しますよ」
「はい!」
ルーひとりくらいなら護れるだろう。それに。ここにルーを置いて行っても、父親を心配するあまり、居てもたってもいられなくなり、私を追いかけてくることだろう。余計な事態を引き起こしかねない。ならば最初から傍にいてもらった方が楽だ。
私たちは森の深部へと向かった。
この森は、中心部に行くほど土地が『低く』なっている。
樹木に覆われた、深く暗い森。それが私たちが森の深部と呼んでいる場所だ。
そこには『掟』を破り追放された森人や外界からの『流れ者』が住んでいる。当然……人間以外の。
中には私が裁きを下した者もいるので、恨んでいるかもしれない。そして流れ者の中に厄介な存在がひとり。何事も起こらなければよいのだが。
そして私たちは、森の深部へと到着した。
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