冒険者グレイ

 翌日。


 集落を訪れると、人間の男は目を覚ましていた。

「……ここ、は……」

「あなたは何者なのですか。どこからやってきて、どうやってここまでたどり着いたのですか」

「ちょ、ユーリ様。まだ無理させない方が……」

 ルーに言われてはっ、とする。私としたことが、少し興奮してしまっているようだ。はやく、外の世界について聞きたい。そんな気持ちが抑えられていない。落ち着け。


「……ぼく、は……グレイ。中央都市から来た、冒険者です」

「冒険者!!」

 世界中を旅する冒険者。それに中央都市っていえば世界最大の都市であり、世界最大のダンジョンがあって、世界中のモノや情報が集まる場所! 世界最大の図書館もある! 行ってみたい!

 ──息を大きく吸う。気持ちを落ち着かせて、私。


「船で海を渡っていた途中ですさまじい嵐に巻き込まれて……。どこかの大陸にたどり着いたはいいけれど……モンスターの群れに襲われて……みんな、散り散りに」

 外界のものたちの侵入を防ぐため、この周囲の海域は常に荒れている。ここにたどり着けたのはただの偶然か。確かにここは、たどり着こうとしてたどり着ける場所ではない。


「ここは、獣人たちの集落なのですか? ぼくの他に……誰か来ていませんか?」

 私は首を振る。

「そう、ですか」

 グレイという冒険者の男は、ぎゅっと目をつぶる。泣いているようだった。

「……あなたの傷が癒えたら、近くの大陸の、人間たちの町へと送ります。それまでここでゆっくりと過ごしてください」

「……ありがとうございます。あの、あなたは……人間なのですか?」

「ええ、私はここの森人たちとは違い、人間です。人間としての生は捨てていますが」

「え。それは、どういう……」

「それよりも!」

 私はずいっと前に出る。

「これまでのあなたの冒険の話を聞かせてもらってもいいですか。どんなところに行ってどんな出来事があったのかすみません外の世界との接点がここではないので記録をとっておきたいのですよろしくおねがいします」

「は、はぁ……ぼくの話なんかでよければ、いくらでも……」

「ユーリ様、その人まだ怪我が……」

「ルーは黙っていてください」

「は、はい」


 冒険者グレイの話はとても興味深かった。

 砂漠の遺跡の探索の話。氷河に咲く美しい氷の花の話。炎を食べるトカゲの話。見た目は高くないのに、昇っても昇っても最上階に到着できない不思議な塔の話。数々の冒険譚は、私が読んだ本にはないものだった。ノートに記録する手が止まらない。


「すっごいお宝かー。おいらたちの集落にあるお宝と、どっちがすごいのかなー」

「ルー」

「あ、ごめんなさい」

「……この集落にも秘宝があるのですか?」

 冒険者グレイが訊ねる。

 これは迂闊だった。冒険者の好奇心に火をつけてしまっただろうか。しかし、絶対に発見はできないだろう。


「あ、すみません。見てみたいとは思いますが、ぼくの恩人であるここの方々に迷惑をかけるような真似はしませんから、安心してください。それにまだ動けそうにありませんし」

「賢明です。それよりもあなたの話を、もっと──」

 一日中聞いていたかったのに、思わぬ邪魔が入ってしまう。


「ルー! ここにいたのか。お前の親父さん、大変なことになってるぞ!」

「え!? とうちゃんが!?」


 何かしらの問題が起きた時は私の出番だ。

 泣きそうな顔のルーに向かって、大丈夫だと頷いて見せる。

「グレイさん。落ち着いたらまたお話を聞かせてください。ルー、行きましょう」

「う、うん!」


 私たちはルーの父親のところへと向かった。




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