第3章 世界樹の護りびと

護りびとユーリ

 本を読む。


 それが私と外界とを結ぶ唯一の接点。外の世界を知る手段は本しかなかった。

 森人たちにお願いして仕入れてもらっている本は、もう何千冊になっただろうか。それで私が、ここに図書館をつくったのは何年前のことだったろうか。

 ここは外界と時の流れが違う。何年たっても何年たっても、私が歳をとった様子はない。


『ユーリ、話があるんじゃ。ちょっと来てくれんかの』

「はい」

 世界樹からの交信。珍しい……何年振りだろうか。

 私は世界樹の根本まで文字通り飛んでいく。


『ユーリよ。これを見てくれんか』

 はらはらと、世界樹の葉が落ちてくる。それはなんと枯れていた。

 私は驚いて世界樹を見上げる。


「マナの流れを調べてみます」

 私は世界樹の表皮に手をやる。


 巨大な、巨大なマナ。

 世界樹は外界とは切り離された境界の世界に存在する、精霊の父とも呼べる存在。それは、それこそが世界の中心である。

 世界の深くにまで根を張り、清浄なるマナを供給し続けることにより、世界の均衡は保たれている。


「……マナの乱れを確認しました。これは……」

『魔王が出現した時以来じゃな』

「……はい」


 魔王。

 世界に仇なす邪悪。

 魔王という存在がなぜ生まれたのか、それは誰にもわからない。世界樹にもわからない。


 ここと同じような境界の世界があって、そこに住まう『魔族』の中から生まれたという説。この世界樹の根のより深いところに溜まった、淀んだマナから生まれた説。またはとある王が魔人に願って、魔の力を手に入れた説。色々とあるが、真実はわからない。


 魔王は存在するだけで世界を蝕んだ。

 世界樹の清浄なるマナは黒く濁りつつあった。


 ここにいる私にできることは、世界樹が闇に浸食されることを少しでも防ぐことだけ。境界の世界に入ってくる不純物を取り除くことだけだった。それが【世界樹のまもりびと】である私の役目。

 世界樹を枯らしてはならない。世界樹が枯れる時が、世界が終わる時なのだから。


「……また、魔王のような存在が出現しようとしている?」

『あるいは滅びていなかったのか』

「いずれにしても、早急に対処しなければ」


 マナの乱れている箇所に意識を飛ばす。世界樹のマナに私のマナを乗せて流せば容易く『そこ』にたどり着ける。しかし。


「阻害された!?」

 意識が身体に戻ってしまう。何者かが私のマナを押し返したのだ。意図的に、世界樹を攻撃してるものがいるのだ。


「おーい! ユーリ様、大変だ!」

 こんな時に……。

 慌てた様子でやって来たのは、森人の……。

「えっと、名前なんでしたっけ?」

「おいらはルーだよ! っておいらのことはどうでもよくて!」

 ルーというケモノ耳の青年は、ぜーぜーと息を切らしている。

 森人もりびとはこの境界の世界と外界を行き来することが許されている唯一の存在。すぐ外の『世界樹の森』と呼ばれているところに住んでいて、時々私に物資を届けてくれている。といっても、ここでは食事もほとんど必要ないから、最近はたくさんの本を持ってきてくれるくらいだ。それが私の楽しみだ。


「人間だ。人間が迷い込んできた」

「……なんですって!?」

 私は驚いた。世界樹の森は、この境界の世界の入り口でもある。人間が足を踏み入れられないように、結界を張って入れないようにしているはずなのに。


「すごい怪我をしていて、集落に来たとたんに倒れちゃったんだ。まだ生きてるんだけど、どうしたらいいのかわからないんだ」

 朦朧とした状態、マナが不安定な状態なら、あの結界を通り抜けられる? もう少し改良が必要か。

「……わかりました。すぐに行きます。世界樹様、少しの間、ここを離れます」

『うむ。行っておいで』


 そして私は久々に、外の世界に出た。

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