予感

 結論から言うと、


 ダンジョンの天井が崩れることも、地面にいきなり大穴が開いて落ちることも、宝箱を開けても罠が飛び出してくることも、不意打ちが得意なモンスターがいきなり背後から攻撃してくることも、何も。


 いや、正確には起こっていた。悪いことではなく、が。


 オレが倒したモンスターからアイテムが【ドロップ】したのだ。今までそんなことはなかったのに。しかも昨日話していたレアアイテム──そう、能力値を上げるアイテムだ。

 ニコルはそのアイテムを入手したことよりも、無事に冒険を終えられたことを喜んでいるようだった。


「……こんなこと、初めてだ。一体、どういうこった」

「キースさん、ボクを怖がらせようと、遠ざけようとウソを言ったわけじゃないですよね?」

「ウソなもんかよ。昨日行った酒場だって、誰も近づいてこなかったろ? 宿屋の連中もあんだけ渋ってただろうが」

 これは何かとんでもないことが起きる前触れではないだろうか。しかし、帰り道も特に何も起こらなかった。最後まで何事もなく、オレたちは町に戻ってこられた。


 宿屋に戻ったオレたちは、今日の成果を確認する。

「このレアアイテムの他、高く売れそうなアイテムがいくつかあるな」

「……こんなアイテム見るの、初めてです、ボク。前に組んでくれたパーティでもこんなにアイテム手に入れたことありませんでしたよ」

「……ってことは、オマエがとんでもない運の良さの持ち主ってわけでもないのか。たまたまにしちゃできすぎだし、うーん、わけがわからん」

 考えても仕方がない。数年に一度くらいは、きっとこういう日もあるのだろう。それはたぶん奇跡のような確率で起こったに違いない。


「こいつはオマエが使え。それで、能力が上がるか確かめてみよう」

 ニコルの基礎ステータスは【鑑定士】のところで確認済みだ。このレアアイテムがニコルのステータスをあげてくれるのであれば、ちょっとした希望が持てる。

「で、でも……これって、すごく高値で売れるんですよね? ボクなんかがもらっちゃ……」

「他のパーティはよく知らんが、成果は山分けだ。これはオマエの取り分だ」

 ニコルは目を丸くして、そしていきなり泣き出した。

「な、なんで泣く!?」

「……ご、ごめんなさい……こんなに優しくされたの……はじめてで……ボク、どうしていいかわからない」

 ニコルはわんわんと泣く。


 ……オレは。


 こんな、ただの子供を……自分の不幸に巻き込むつもりだったのか。オレは我に返った。オレは馬鹿だ。こいつとパーティを組むべきではなかった。結果がよかっただけで、死なせていたかもしれない。

 ここでパーティを解散すべきかもしれない。

 しかし、あと一度だけ、オレは試してみたかった。こいつとなら、パーティを組んでも大丈夫。もしかしたら、万が一かもしれないが、その可能性に賭けてみたかった。


 オレはこういう時にどうしていいのかわからないから、ニコルの頭を撫でた。

「約束しよう。オレはオマエを裏切らない。絶対にだ。だからもう、泣くな」

 ニコルはうんうんと頷いたが、その涙はなかなか止まらなかった。


 ニコルが落ち着いた後。種のようなアイテムを、ニコルは恐る恐る飲み込んだ。

 その後、町の【鑑定士】のところで基礎ステータスを見てもらったところ、能力値の上昇が確認できた。ニコルは成長したのだ。その喜びようは、見ているこちらまで嬉しくなるくらいだった。


 今日の冒険のことを、ニコルは楽しそうに話した。

 わくわくしたこと、驚いたこと、すべてが新鮮で楽しかった……ニコルの話が止むことはない。


 オレも久々の冒険の成功に、気分が高揚しているのがわかった。

 忘れていたな、こんな感覚。

 

 全部、うまく行く。

 その予感に、オレは震えた。

 こいつとなら、きっと。


 しかし。


 その予感は脆くも崩れ去るのだった。



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