第1話 旅立ちの日

 数日後。


 筋肉痛のとれた僕は、ギルドに顔を出していた。

 そこに半泣きのアイリスさんが現れた時には言葉を失った。ゴッツさんはやっぱりな、といった様子で苦笑いしている。


「アレン。クエストだ。アイリスを中央都市まで送って行ってくれ」

「え? あ、は、はい。でも、エクレールに道案内を頼めなかったんですか?」

「はぁいアレンちゃん。アタシ、道覚えるのとか苦手だから~ごめんね♪」

「は、はあ」

 エクレールが僕の周りを飛びながらけたけた笑う。


「そうだ。ちょうどよかった。アイリス、お前さんの武器、仕上がったぞ。ついでにもってけ」

「……うん。……ありがと」

 アイリスさんが鼻を啜りながら言った。


 ゴッツさんが持ってきたを見て、僕はまた驚いた。

 それは先日、ダンジョンでアイリスさんが振り回していたハンマーよりもさらに巨大。白銀。持ち手は金色。鷹のような鳥が装飾されていて、美しい。

 アイリスさんはそれを片手でひょいっと受け取ると、何もない空間にハンマーを『しまった』。【収納魔法】というやつだろうか。


「それとアレン。お前さんにプレゼントがある」

「え?」

 ゴッツさんがにやりと笑い、それを差し出した。

「って重っ!! ゴッツさん、僕に大剣は合いませんよ」

「そいつはな、オレが昔使っていた剣だ。せっかく中央都市に行くんだ。その剣が扱えるようになるくらい、鍛えてこい!」

 そう言って、ゴッツさんはがっはっはと笑った。


 確かに。

 僕はもっともっと強くなる必要がある。

 どんなモンスターを前にしても、どんな困難を前にしても、諦めないために。そして、後悔しないために。


「それじゃ、すぐに向かいましょう、アイリスさん!」

「……でも……もう遅いかも。きっとあの人、もういなくなってるかも」

「諦めちゃダメです! 憧れの人が、すぐそこにいるんですよ! 行きましょう!」


 アイリスさんは少し驚いたような顔をして、しばらくした後に頷いた。

「そうね! 今から行けば、夜には到着できる距離! 走るわよ! ついてきなさい!」

「え? あ、ちょっと!!」

 アイリスさんが勢いよくギルドを飛び出していく。

 まずい。また迷ってしまうぞ、あの調子だと。すでに逆方向だ。


「それじゃ、行ってきます。ゴッツさん、マルグリットさん!」

「おう! 行ってこい!」

「行ってらっしゃい! 気をつけてね、アレンさん!」


 僕は走り出す。


 ──ん?

 ここから中央都市まで、夜には到着できる距離ではないような。

 少なくとも僕の足だと、走り続けてもせいぜい明日の夜頃に到着できるかどうかの見積もりなんだけど。

 アイリスさんはすさまじい速度で走っていく。


「ちょ、待ってくださーい! アイリスさん! 逆でーす!」

 アイリスさんは勢いよく戻ってきた。


「……アイリスでいいわ」

「え?」

「敬語みたいなのもいらない。そもそもわたし、年下なのに生意気な口利いてるし。わたしもアレンって呼ぶから」

 それと。

 小さな声で言う。


 助けてくれようとして、ありがと。


 それだけを言うと、あっという間にアイリスさん……アイリスの背中が遠ざかっていった。


「ってそっちじゃないですってば! なんで右に!?」


 僕はその背中を、笑いながら追いかけていくのだった。





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